EP398:伊予の物語「白頭老の雪里(はくとうろうのせつり)」 その1~伊予、首尾よく作戦の第一段階に歩を進める~
【あらすじ:大切に見守られるだけの妹では、我慢できなくなった私は、今の状況を打開するためのある作戦を考えた。情報を引き出すために近づいた初老の男性の、画期的な発明には敬服したけど、その情報はあまり意味が無かったみたい。結局、元の木阿弥な私は今日も無駄骨を怖れず動く!】
今は、900年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見にとって『兄さま』こと左大臣・藤原時平様は、詳しく話せば長くなるけど、幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十七歳になった今の二人の関係は、一言で言えば『紆余曲折』の真っ最中。
原因は私の未熟さだったり、時平さまの独善的な態度だったり、宇多上皇という最大の障壁の存在だったり。
結婚だけが終着点じゃないって重々承知してるけど、今のままじゃ辿り着けるかどうかも危うい。
この冬最大の寒波が京の都を襲った。
皮膚を切り裂くような、シンとした冷たい空気のなか、夜明けとともに目覚めると、薄暗い雷鳴壺の庭が白く明るい。
うっすらと雪が積もっていたのだった。
不揃いな砂利の灰色や、行き交う人々の足跡を、一晩で雪が覆いつくし、景色を真っ白一色に変えたのを見て、あることを思いついた。
『あなたの通った足跡を、降り積もる雪が覆い隠しつつあります。
全てを消し去ってしまわないよう、一刻も早く、雪が降り止むことを願ってやみません。 伊予』
と書いた文を時平様に届けてもらった。
未練がましいと思われても、
もう一度、
振り向いてほしい。
自分にできることならなんでもするつもりだった。
雷鳴壺で、椛更衣が世間話の中で、
「父上がこの頃、宴席続きで忙しいと文に書いていらしたの。お酒の飲みすぎはお体に悪いけれど、大丈夫かしら?」
ハッ!
と思いつき、
「もし、その宴席に、地方から上京された豪族の方が出席されてらしたら、父君にお願いしたいことがあるんですが・・・」
父君の源昇様にある頼み事をしたいと、椛更衣にお願いし、文を書いてもらった。
数日後、その頼み事をかなえてくれるという返事があり、私はそこへ出かけることにした。
その日は、夕方から、ある貴族のお屋敷で催される宴会に、父君の源昇様が出席するのにお伴させてもらうことを許してもらったのだった。
一応『雪見の宴』という名目だったけど、雪を見て和歌を詠むな~~んてことはなく、行ってみたあとでわかったことだけど、酒と豪華な肴を楽しむのが目的の、本当にただの『宴会』という感じ。
私は内裏を出て、一度、椛更衣の実家である源昇様のお屋敷に行き、そこから源昇様と同じ牛車に乗せてもらって、宴会の催される屋敷へ行くことになった。
源昇様は端正な顔立ちながら、顔の部分一つ一つが整っているけど小ぶりで、全体として薄~~い印象の顔つき。
初対面の人には『あの人ちょび髭が生えてたなぁ』ぐらいしか印象に残らない感じ。
五十代前半の、上品そうな貴族で、確か、勘解由長官で伊予権守で参議で、あと何かいくつかの役職の頭を務めていらっしゃるお方。
車箱の中は狭く、膝が触れ合いそうな距離で二人とも座り、一緒に牛車に揺られている。
ふとこちらを向いた源昇様が豆粒のような目を驚いたようにパチクリさせ
「芳子からの文に、『伊予が、身の回りの世話をする侍女として、酒宴に同席したいと願い出ている』と書いてあったのを見た時は、何事かと思ったが、一体どういうワケだね?」
ええっ??!!
真意は誤魔化さなきゃ!
「あのぉ~~、そのぉ~~、社会勉強?のためにです、ね?ええっと、わたくしも、宮中で更衣様に仕える女房として、日々、技術向上をしていかなければならない!と思いましてぇ~~、そのためには、中央官庁の、実務に長けた有能なお役人様方とぉ、交流して、ご教示いただき、見識を深めたいと思いまして~~・・・・」
顎に指を添え、考えながら話すので、たどたどしい。
源昇様はフム!と納得したように唸って、以後は興味を失ったのかウトウトと舟を漕いでらした。
ま、以前から私に興味『皆無!』なお方だから、手持ち無沙汰の暇つぶしに聞いてみたって感じ?
しめしめ・・・!
私の企みはバレてないっ!!ハズっ!!
目的のお屋敷に到着し、東中門廊の車寄せの前の庭に、牛を放した牛車を、雑色が寄せてくれ、揺れないように支えてくれている間に、前方の簾を巻き上げながら、前板と榻を踏んで降りた。
すぐに東中門廊に上がり、廊下を渡って主殿に向かう源昇様の後ろについて歩く。
(その2へつづく)