EP397:伊予の物語「回生の粉飾(かいせいのふんしょく)」 その7~切れ者女儒、実践前に闇に葬られる~
ギクッ!
焦りすぎた私は
「知ってたの?いつからっ??!!!」
兄さまは体を起こして、片膝を立てて座り
「バカにするな。化粧を変えたぐらいで見抜けないような間抜けなら、浄見のことなんてとっくに忘れてる。」
私も体を起こした。
「じゃあ、初対面の女子に口づけして口説くような遊び人じゃなかったの?」
不機嫌に加えて、怒りで目をギラギラ光らせ、青筋を立てて睨みつけ
「そんな変質者なら、とっくに誰かに訴えられて失職してるだろ?変装を白状するかと思ったんだよ。」
「阿波に文を送るって言ってたのは、阿波を恋人にするつもりだったんでしょ?」
まだ、私に機会はあるの?
断られるのが、怖くて、口に出せなかった。
兄さまは目を逸らしたまま苦痛に耐えるように眉根を寄せた。
無言に耐えかねて
「臺与のように、兄さまの役に立つ女子になれば、もう一度付き合ってくれると思ったの。
大事にしてくれる妹のままでいるよりは、例え利用されても、頼られて、信頼される、対等な女子になりたかったの。
臺与みたいに。
そうすれば、フラれたままで何もできず我慢するだけにはならない。
兄さまに提供できる価値があれば、私を必要としてくれるでしょ?頑張るから、何でも命令して!」
「浄見は、・・・浄見は、どこかの、上流の貴族に嫁がせる。色仕掛けのような真似は、絶対に、させない。私が許さない。」
「あなたじゃなきゃっ!!誰でも同じなのっ!!貴族でもっ!粗野な乱暴者でもっ!!それなら、どうせ同じならっ、あなたの役に立ちたいっ!!そばにいたいっ!!」
兄さまは俯き、唇をかんで
「ダメだ」
ボロボロと涙が溢れ、厚く塗りたくった白粉を、汚らしく剥ぎ落していく。
きっと、眉墨や紅や白粉で、顔がぐちゃぐちゃになってる。
一番見せたくない人に、一番汚い、醜い顔を見せてることに、屈辱と、悔しさを感じた。
「じゃあ、阿波になるっ!!ずっと阿波として過ごすわっ!それなら、文を送ってくれるんでしょ?別人なら付き合ってくれるんでしょ?浄見じゃないなら、いいんでしょっ!!」
涙が次々と溢れ、生暖かい液体と、白粉と、眉墨で、頬がベタベタする。
すぐに拭い去りたいのに、拭っても拭っても、無駄な予感がした。
ずっと、この先、一生、この悲しみは、傷となって心に残る。
顔は綺麗に洗えても、心は醜く傷つき、痛みを訴え続ける。
涙は頬を濡らし続け、化粧は剥げつづける。
ガッ!
兄さまに、頬を両手で挟み込まれた。
美しい、切れ長な、筆で引いたような目。
苦しそうに眉根を寄せて、潤んだ唇が、ためらうように、震える。
「見ないでっ!!化粧がっ!!涙でグチャグチャになっててっ!嫌なのっ!汚いからっ見ないでっ!!」
どれだけ、厚く塗って、傷を塞ごうとしても、それを押し流すように、次々と痛みは溢れ出る。
傷を塞ぐことができるのは、あなただけなのに。
なぜなの?
なぜ、そんなに臆病なの?
頬を強く挟み込む手を掴み、はずして、手のひらに口づけた。
「離して。こんな顔、見られたくない。もう行くから。早く顔を洗いたいの。」
兄さまの両手から力が抜け、頬から手が離れた。
私は踵を返して、振り返らず、何も言わず、その場を立ち去った。
阿波という粉飾を、一生、そこに脱ぎ捨てて。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
化粧でびっくりするほど美人になる場合、大抵は、目が細いけど、鼻と口は美形な人が多いですよね!