EP394:伊予の物語「回生の粉飾(かいせいのふんしょく)」 その4~伊予、変装後の自分に嫉妬する~
おっかなびっくりの私は、オズオズと立ち上がり、畳の上の兄さまが指さす場所に真正面は恥ずかしいので、横を向いて座った。
頬に、酒の匂いのする息が、かかりそうな距離に顔を近づけ
「私ろ子が欲しいのか?そろためにここへ来たのか?」
ギクッとして息をのんだ。
そーだけどっ!!
ってゆーか、そーじゃなくてっ!!!
真っ青な顔で押し黙っていると
「さっきの女子を見ただろ?彼女は私の子が欲しいらしい。そうすればおそらく一生食うに困らないから、当然だな。今までそんな女子はた~~~くさん寄ってきた。」
兄さまが囁くたびに、酒の匂いの混じった熱い、湿った息が頬にかかる。
香しい薫物と官能的な体臭の混じった匂いが強く漂う。
思わずウットリと兄さまの動く唇を見つめた。
唾液で潤んだ、桃色の、愛おしい唇。
ハッと気づいて、
『もしかして、兄さまはいつも、どの女子にもこんなに近くで話すの?それともお酒に酔った時だけ?近すぎない?「左大臣さまは私に気がある!」って女子が勘違いしても当然よね?』
兄さまと出会った見知らぬ全ての女子にムッ!と嫉妬した。
キリッ!と顔を引き締め、睨み付け
「いいえ。私は左大臣さまのおそばに仕えて、お世話をしたいだけです!子なんて望んでません!」
至近距離で睨みつけられたことに、驚いたように、スッと顔を後ろに離して、
「ふぅん。そっか。じゃあ、まず、そこの酔い覚ましを飲ませてくれ」
立ち上がり酔い覚ましの煎じ薬を持ってきて、匙で掬って口元へ運ぶと、兄さまは少し口を開き、匙を待ってる。
その間、ずっと私から目をそらさないので、何だかやりにくい。
なぜジロジロ見てるの?
もしかしてバレてる?
カチャ!
ドキドキする!
緊張していつもより不器用になるっ!!
焦りつつ、匙で茶碗から苦そうな茶色い薬を掬って何度も口へ運ぶ。
その度にニヤケながら少し口を開き、真剣な目で見つめる。
全部飲ませ終わると
「ウッ!苦い薬だった。阿波も味見してみた?」
「いいえ。私はお酒を飲んでませんから。」
茶碗に蓋をして盆に戻し、顔を上げると、また頬の近くに顔があった。
「味見させてやる」
グイッ!
頬を鷲掴みにされ、引き寄せられたと思ったら、顔を斜めに傾け、兄さまの唇が唇を覆った。
っぅぅんっっ!!
思わず快感の声を漏らしそうになり、
ダメッ!!
反応しちゃっ!!
バレるっ!!
阿波は初めてなんだから、口づけに反応しちゃダメっ!!
自分に言い聞かせる。
なのに、体の芯は潤み、ゾクゾクとした快感が広がる。
できるだけ、舌や唇を動かさないように、されるがままにしてる。
口の中を隅々まで、愛撫するように、荒々しく舌が動き回った。
ぅぅんっっ!!
気持ちいいという感覚と、初対面の女子にこんなことするの?という不信感で、複雑な気持ちになった。
唾液を、舌を、何度も飲み込まれたような、長い口づけが終わり、兄さまが唇を離した。
ふぅっと息を吐き
「文はどこに出せばいい?内侍司?阿波宛てでいいの?」
えぇ??
文?・・・は、
「あ、あの、内侍司の女儒に梢という子がいるんですけど、彼女と仲が良いので、私はその、内侍司にいなくて、お使いで外出が多いものですから、梢宛てに文を送ってください。」
口づけの余韻でぼ~~~っっ!としてたけど、とりあえず思いつくままに答える。
苦しい言い訳だけど・・・。
大丈夫だよね?
バレてないよね?
それにしても、兄さまのいつもの女子の口説き方ってこれ?
いきなり口づけするの?
バカなの?
粗野で、下品で、好色な遊び人の方法?
他の男性なら許せないし、一番嫌いなタイプ!!
手あたり次第の女子を物色して一夜の遊びを楽しむ、好色浮気男!
信じられないっ!!
なのに、久しぶりの口づけに、ウットリとして、全身がとろけそうな快感に痺れた自分に腹が立った。
もっとして欲しい!!
とか、考えた自分が悔しい!
変装した自分である、阿波にすら嫉妬した。
初対面のくせに!
あんなに愛されて!
私はずっと無視されてるのにっ!!
阿波なんてキライっ!!
阿波になんて二度とならないっ!!
一刻も早くここから立ち去らないと、兄さまに不満をぶつけて正体がバレそうなので、早々に立ち去ろうとスクッと立ち上がり、
「では、失礼します。また機会がありましたらその時は・・」
語尾を濁して、ペコリと会釈し、背中を向け、歩き出そうとすると、
「阿波は、男を知ってる?」
はぁっ??!!!
何その質問?
知ってるって何?
男性経験のこと?
えぇっ??!!
って、どう答えれば正解なの??
「えぇっと、二十歳ですから。当然、知っておりますわ!」
そうよね?
阿波は妖艶な大人の色気のある女性という設定だったし。
兄さまから頼りにされて相談されるような、しっかり者の女子。
だから当然、乙女じゃおかしい!
「何人?」
はぁ?不躾ね!
超個人的な事でしょ?!!
二十歳なら何人が正解?
わからないなぁ~~~!!!
グルグル考えを巡らせ
「さ、三人?ですかしら?」
振り向いて、兄さまの顔を見つめながら答えると、ニヤッと口をゆがめて笑い
「ふ~~~ん。そっか。じゃあ遠慮しなくていいんだな。また文を出す。梢宛てだね?」
「はい」
ゆったりと余裕の微笑みを浮かべて答え、しずしずと優雅に?大人の上品な仕草のつもりで、立ち去った。
雷鳴壺についてから
『あっ!!茶碗と匙と盆を置いたままだった!』
大人の優雅には程遠い?って誰か言った??!!!
(その5へつづく)