EP392:伊予の物語「回生の粉飾(かいせいのふんしょく)」 その2~伊予、化粧で別人に生まれ変わる~
すぐさま、雷鳴壺の廊下で床を拭き掃除してた、私の新任の身辺警護の梢を見つけだし、
「ねぇ!!女儒の衣を一式貸してくれない?」
梢が持ってきてくれた衣に着替えると、鏡の前に座り、念入りに化粧を始めた。
ちなみに女儒の衣装は、髪は後ろで一つに束ねて、小袖に、引きずらない長さの袴を身につけてる。
どこからどうみても別人!!!にしなくちゃっ!!!
私の面影を一切無くさなくちゃっ!!!
少しでも気づかれることがあれば全て水の泡っっ!!
まず全体に白粉を厚めに塗り、紅を、唇より大きくはみ出すくらい塗ってみた。
眉墨で眉の形が変わるよう長くし、涙袋を消すために目の下を白粉で白く厚塗りしてみる。
鏡を見る。
う~~~ん、まだ私ってバレるなぁ。
眉墨で目じりを長く上向きに描き、切れ長な目に見えるようにし、鼻の付け根の眉の下には灰を混ぜた白粉で陰翳をつけ、彫りが深く見えるようにした。
「さっ!!コレで完成っっ!!どう?」
横にいた梢の方に振り向き、しっかりと見せてみる。
私の顔を、少し間隔のあいた丸い目でマジマジ見つめると、口をポカンと開け
「はぁ~~~!!!すごいです~~~~!!別人に見えますっ!!いつもは可愛らしい、どちらかというと、ぼんやりした抜けてる印象なのに、目じりをあげて、彫りを深くすると賢そうな『切れ者』に見えますぅ~~~!」
何か、褒めるついでに貶してなかった??
『ぼんやりした抜けてる印象』って何??!!!
おバカってこと??!!!
でも優雅で、上品で、賢い、『大人の女性』を目指したから、今のところ大成功!!
この調子で行くわよっ!!
「で、これからどうするんですか?」
梢が無邪気に聞くので
「影男さんに、宿直名簿を確認してもらって、左大臣さまの宿直の日になったら知らせてくれるように頼んで!!」
そう告げると、ハイ!と元気に駆けだした。
数日後、夜も更け、辺りはすっかり暗くなった頃、衣を着替え、念入りに化粧し『切れ者風女儒』に変装した私は、雷鳴壺の自分の房を抜け出し、密かに宜陽殿に渡った。
梢が影男さんから聞きつけた情報によると
「この頃、左大臣さまは宿直中でもお酒をたくさんお召し上がりになるそうで、いつも酔っぱらってらっしゃるとのことです!」
だったので、昼間のうちに、酔い覚ましの煎じ薬を典薬寮から入手して、蓋の付いた茶碗と匙を盆にのせて持っていくことにした。
できるだけ足音を立てないように、梅壺、藤壺と廊下を渡り、帝がお休みになってるハズの清涼殿、紫宸殿、を通り過ぎた。
紫宸殿や清涼殿の庭には、警備の大舎人や蔵人が松明を持って見回りをしてる。
誰かに見とがめれたらどうしよう?
怪しいものではないことを印象付けるため、通り過ぎるときは微笑みつつ、会釈をしつつ、足早に渡る。
ドキドキしながら、酔い覚ましの煎じ薬をこぼさないように慎重に歩く。
影男さんの情報によると、宜陽殿は宿直の際の公卿の直廬となっているそうで、そこで仕事もできるように文机や書など、仕事道具一式が整えられているらしい。
何とか内裏の東側の並びの南から二つ目の舎殿である宜陽殿の北廂にたどり着いた。
格子がおろされ、壁代がかけられているので中は全く見えず、唯一の出入り口の妻戸の前で中の様子をうかがう。
妻戸は隙間が開いてて、そこから中を覗くことができた。
屏風や几帳や衝立が立てられて、人影は見えないけど、灯りはついてるようで衝立の向こうがほのかに明るい。
耳を澄ますとヒソヒソと話声が聞こえた。
廊下にいる姿を誰かに見られるよりはマシっ!!
エイヤっ!
素早く中に入り、衝立に近づき、衝立越しに本格的に盗み聞きを開始する。
女性の高い上ずった声で
「ねぇ、左大臣さま?最後のご褒美はいつ下さるの?最後のご褒美がなければ、あの方を操るお手伝いはしませんわよ。」
男性の硬い、低い、懐かしい声で
「あれはもういい。急がないから」
「あっ!盃が空ね?お注ぎしますわ!」
カチャッ
陶器がぶつかる音がして、瓶子から盃へ酒を注いでる?
女性の、臺与の?声が不機嫌そうに低くなり、
「あの、泣き虫女子のせい?あの子と別れたから、どうでもよくなったの?」
兄さまのムッとした声で
「お前には関係ない。もう帰ってくれ。」
「あら!そうはいかないわ!せっかく一緒に呑もうと思ってお酒を持ってきたのに!私もいただきます。」
少し間があり
「あぁ美味しい!あなたとお酒が呑めるなんて夢みたいだわ!」
「・・・・・・」
臺与ってメンタル相当強い!無視されても平気なのね?
カサゴソ
衣擦れの音がして
「ねぇ、菅公(菅原道真)の勢力を削ぐための、次の方法を考えてらっしゃるの?わたくしもお力になりたいわ。」
兄さまがブツブツと低い声で
「・・・菅公の私塾の教え子であり愛弟子の橘公紀が不祥事を起こしたらしい。それを理由に菅公を引責辞任に追い込もうと思ってる。」
「橘公紀さま?大蔵省の偉いお役人でしょ?あの方の不祥事を使って菅公を弾劾できるんですの?」
(その3へつづく)