EP391:伊予の物語「回生の粉飾(かいせいのふんしょく)」 その1~伊予、元恋人の心を取り戻す方法を主の更衣に問う~
【あらすじ:完全に自分に無関心になった元カレの心を取り戻したい!!気を引くにはどんな作戦が有効なの?弱さとか可憐さアピールに限界を感じた私は、デキる女子になる道を模索するけど、度胸だけで上手くいくの?私は今日も、思いついたらすぐ試す!!】
今は、900年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見にとって『兄さま』こと左大臣・藤原時平様は、詳しく話せば長くなるけど、幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十七歳になった今の二人の関係は、一言で言えば『紆余曲折』の真っ最中。
原因は私の未熟さだったり、時平さまの独善的な態度だったり、宇多上皇という最大の障壁の存在だったり。
結婚だけが終着点じゃないって重々承知してるけど、今のままじゃ辿り着けるかどうかも危うい。
「無関心になった元カレの心を取り戻す方法??!!」
文を書く手をとめ、筆の尻で頬をポリポリ掻きながら、つぶらな瞳で私を見て、椛更衣がそう仰った。
「はい」
私は衣に針を刺す手をとめ、ため息をつきながら答えた。
ここ、雷鳴壺の御座で、自然の草花が描かれている屏風を背にして、椛更衣は文を書いていらっしゃる。
私は近くの円座に座り、自分用の小袖を仕立ててる最中。
何気ない世間話をしてると、椛更衣が
「伊予、何か悩みがあるの?この頃、気持ちが沈んでるようだけど?」
仰るので、左大臣時平さまとの縁が今度こそ本当に切れたかもしれないとお話し、自分に興味のなくなった殿方の気を引く方法を尋ねた。
この機会に、椛更衣には、宇多上皇に育てられたことは隠しつつ、時平さまとは、幼いころから可愛がってもらった、兄と妹のような関係であることや、そのせいで私を恋人として見ることが不謹慎だと時平さまが考えてることをお話した。
「で、決定的な破局の原因は、私が『付き合ったことを後悔してる』と言ってしまったことなんです。それを聞いて左大臣さまは私に二度と近づかないと仰ったんです。兄として妹を見守ることにすると。」
椛更衣はそれを聞いてビックリしたように
「なぜ伊予はそんなことを言ったの?」
は??
制御できない、淫らな気持ちになりたくなかったからって正直に言うべき?
「えぇ~~とぉ~~~、そのぉ、彼に夢中になって依存する自分がイヤになったんです。」
モゴモゴ言う。
椛更衣は理解できないようにキョトンとして
「好きな人に夢中になりたくないの?じゃあ誰に夢中になるの?」
どう説明すればいいのか分からず、つい歯切れが悪くなる。
「誰であれ、夢中になりたくないんです。我を失うほど、好きになりたくない、とゆーか、いつでも自分の気持ちを自分で決めたいってゆーか、」
目を丸くして、不思議そうに
「自分の気持ちを決められないの?じゃあ誰が決めるの?」
あぁ゛~~~~っ!!!
上手く説明できないっ!!
「更衣さまはご経験ないですか?帝の前では胸がドキドキするのを抑えられないとか、その、ふいに、夜のことを思い出してしまうとか、体の奥がムズムズする、とか・・・・」
モゴモゴ。
椛更衣は怪訝な顔で
「緊張するってこと?そうね、主上には緊張するわね。何たってこの国で一番尊いお方ですものね?でも、夜のこと?はいわば、帝の嬪としてのお勤めでしょ?別に何とも思わないわ!」
まさか?!!
椛更衣は、そーゆー行為をしても淫らな気持ちにおなりになったことが無い???
おそるおそる
「あのぉ、更衣さまは、帝との行為で、そのぉ、み、淫らなお気持ちに、おなりにならないんですか?」
椛更衣が真っ赤になったと思ったら
「えぇっーーっ!!何を言うのっ?そんなことになるわけないでしょっ!帝は普通の男ではない、神にも等しいお方よっ!!卑俗な感情で接してはいけないお方だわっ!!み、淫らって?そんなこと思ったことないわっ!!」
「でも、好きな人との、淫らな妄想が止まらないことありません?」
真顔になり、顎に指をあて、う~~んと考え込んだあと、
「無いわね。実は、主上との夜のお勤め?は楽しくないの。どちらかというと苦痛なの。できれば、お話だけで終わりたいの。これは内緒よ?!!誰にも言わないでね!」
えっ??!!!
そうなの??
もしかして、椛更衣は帝のことあまりお好きでないのかも?
ん?
でも、物語を読み合ったりして、意気投合されてたのに?
・・・・そういえば、私も、人として尊敬する影男さんに触れられても、あまり気持ちよくなかった。
友人のような『好き』とは違う何かがあるのかも。
色気とか、艶とか?
性的魅力は、どの部分なの?
はっきりとは分からないけど。
椛更衣が帝をそういうふうに『好き』になれなくても、嬪という立場では、断ることも、逃げ出すこともできない。
チョット可哀想・・・・。
でもいつか、気持ちも変わるかもしれないしっ!!
深刻にならずにいようっ!!
凹みかけてた私に向かって、椛更衣はクリッとした目を意地悪そうに細めて
「で、『淫らな妄想のお相手』の左大臣をもう一度振り向かせるにはどうすればいいかを悩んでるの?」
ニヤニヤ言う。
カッ!と頬が熱くなるのを感じながら、ウンと頷き
「私の方から、グイグイ迫っても無反応なんです。表情一つ変わらなくて、女子として見られてないんだと思います。本当に妹だと思ってるのかも。」
「まぁっ!!!」
目を大きく見開き、驚いたように目を丸くした椛更衣が
「迫ったの?大胆ねっ!!伊予って案外、進歩的なのね?!!
でも、それならどうしようもないわねぇ~~~。
今のままでは、もう好きになってくれないってことでしょ?
生まれ変わって、来世でもう一度、出会いからやり直すしか方法が無いのかも・・・・」
出会いからやり直す??!!!
来世って?
今世は死ぬまで離れ離れで過ごして??
別の人に生まれ変わるの?
う~~~ん、
そんなに待てないっ!!
今すぐやり直したいっ!!
はっ!!
と気づいて、
「それですっ!!もう一度、出会いからやり直しますっ!!」
椛更衣が怪訝な顔で
「どうするの?まさか、自殺するの?」
いいえっ!!まさかっ!!違うっ!!!
慌てて首をブンブン横に振り
「しませんっ!!別人に変装しますっ!!!見知らぬ他人として出会って、もう一度、好きになってもらえるか試しますっ!!」
(その2へつづく)