EP389:伊予の物語「噤口の大臣(きんこうのだいじん)」 その7~黒幕の逆襲に遭い、伊予と竹丸は窮地に陥る~
全て上皇と伊勢が仕組んだのね!
「でも、商人たちは検非違使に捕まったわ!彼らがあなたのことを話せば、あなたは終わりよっ!」
伊勢はへの字口をもっと曲げ、口角を下げ、目を見開き『何て無知なの!』とバカにするような仕草で
「検非違使庁が上皇に逆らうつもり?そんなことができるのかしら?」
「品物と商人という証拠があるわ!あなたと、商人と、密貿易貴族達のつながりが明らかになって、裁かれるわっ!!」
「たった四人の商人と唐渡の品物が証拠?ですって?フフンっ!消してしまえばおしまいよ!本当に証拠になると思っているの?」
ハッ!!
だから兄さまは口をつぐんだの?
証拠があるからって、上皇を裁く事なんてできないって知ってるから?
伊勢を脅し、密貿易をとめることしかできなかったの?
公にして捕まえれば証拠は消されるから?
最高権力がどんなものか、ようやく身に染みて分かった気がした。
「分かった。あなたのことは誰にも話さないから、竹丸を解放してちょうだい。」
伊勢は今度は口角を無理やり上げ、目を細めて張り付いた仮面のような作り笑いを浮かべ
「あら?なぜ私がそんなことをするの?商人たちと証拠とあなたと竹丸を殺してしまえば、時平も失脚し、思い通りに事が運ぶのに?」
言い放った直後、伊勢が突然
「・・・っう゛っっあ゛ぁっっ」
呻いたと思ったら、伊勢の背後から太い腕が伸び、頸を絞め挙げた。
頸を絞め挙げながら、刀子を頬に当て、影男さんが伊勢に
「竹丸を放せ。さもないとお前の自慢の顔に傷をつける。」
ガッチリ後ろから抱え込まれ、腕で頸を絞められつつも、身じろぎし
「わ、分かったわ。竹丸を解放しなさいっ!!いいのっ!早くっ!!」
頸に押し当てていた刃物をどけ、伊勢の従者は竹丸を解放した。
と同時に影男さんも伊勢の頸から腕を放した。
喉を押さえ、影男さんを睨み付けながら伊勢が
「どこから現れたのっ!お前は、何なのっ!」
影男さんが肩をすくめ
「伊予殿の護衛だ。これからは手を出す前に、伊予殿には強力な後ろ盾があることを思い出すといい。」
悔しそうに睨みつけながら従者に向かって
「行くわよっ!」
命令すると、伊勢と従者は立ち去った。
ホッ!!
として、急に全身から力が抜け、足がガクガク震えだして、座り込みそうになった。
影男さんが素早く肩を抱いて、支えてくれ
「あなたの新しい護衛、梢が知らせてくれたんです。」
影男さんのそばに、茶屋で見かけた小袖・腰布の庶民姿の十二歳ぐらいの若い娘が立ってた。
あれ?
この子、どこかで見たことがある?!
あっ!!!
「内侍司の女儒っ!!ねっ!!?
私をずっと見張ってたのはあなただったのねっ!!!」
梢と呼ばれた少女がペコリと頭を下げ
「よろしくお願いしますっ!!あなたを見張って、危険があると判断したら、影男さんに知らせる役目を仰せつかっております!普段は女儒として内裏に勤め、あなたのそばにいますっ!!」
ハキハキと答えた。
目がクリっとして丸く、目と目の間が広くて、小さい団子鼻が真ん中にチョンとあり、そのすぐ下に小さい口がある。
そう言えば肩幅も広く胸板も厚く、手足はガッシリして、力持ちで身のこなしも素早そう。
「こちらこそよろしくっ!!ありがとう!影男さんに知らせてくれてっ!あなたのおかげで助かったわ!」
ペコリと頭を下げてお礼を言った。
影男さんと梢が一緒に内裏に戻り、竹丸が馬の後ろに乗せてくれて、内裏まで送ってくれると思ったのに、堀河邸に到着した。
不思議に思って
「なぜ?朱雀門で下ろしてくれればいいのに」
竹丸は不機嫌そうに口を尖らせ
「無事、表向きの窃盗犯を逮捕できたので、若殿を迎えに検非違使庁に行きます。牛車を出しますから、牛車に乗って待つなら、二人きりで会わせてあげます。」
ツンと顔を背けながら言い放った。
ドキッ!
二人きりで会えるのっ?
胸を高鳴らせ、用意してくれた網代車に乗り込み、検非違使庁への道を揺られながら、
何を話そう?
もう一度恋人にして?
あなたが好き?
ううん。
まず、『傷つけてゴメンナサイ』だよね。
あなたと付き合ったことを後悔なんてしてないし、
この先もずっと、あなただけが好き
ちゃんと言わなきゃ!
(その8へつづく)