EP388:伊予の物語「噤口の大臣(きんこうのだいじん)」 その6~窃盗犯をおびき出す伊予の作戦とは~
とっぷり日が暮れ、周囲が暗くなり、現場では巌谷さんのそばに従者が松明を手に持ちジッと立っている。
するとどこからか、葛籠を背負った従者と、水干姿の商人が現場の販売場所に現れた。
ちなみに検非違使たちは、服装は普通の豪族とその従者に見せかけてるけど、全員刀を腰にさしてる。
商人と巌谷さんは何やら言葉を交わし、従者の背負う荷を下ろさせて、巌谷さんが葛籠の中身を確認してた。
次に、葛籠を抱えた商人が一人、もう一人も小さめの葛籠を背負ってやってきた。
巌谷さんが全て葛籠の中身を確認し終えると、
「よしっ!確認した。捕えろっ!!」
路を挟んで物陰から様子をうかがう私たちにまで聞こえる大声で叫び、従者に扮した検非違使たちが刀を抜いて一斉に商人たちに襲い掛かった。
全部で四人の犯人たちはすぐに捕らえられ、後ろ手に縄で縛られた。
検非違使たちが全員に縄をかけ、連れて行こうと歩き出すと、私たちの存在を思い出した巌谷さんがこっちに歩いて来て
「違法取引商人たちを捕らえました。」
報告してくれた。
逮捕したのは全員商人とその従者よね?
でも、貴族たちと商人を結ぶ黒幕?がどこかにいるはずなのに。
考えて、巌谷さんには
「ご苦労様!ですけど、犯人逮捕の公表は少し待ってもらえませんか?その、左大臣さまに何か考えがおありになるのかも。黙秘してらっしゃるのは理由があると思うんです。」
巌谷さんは全て承知顔でウンと頷き、検非違使と犯人たちを連れて検非違使庁へ帰っていった。
竹丸が
「う~~~~んっ!!上手くいってよかったですねっ!簡単でしたしっ!!それに姫の計画は完璧でしたね!」
へへへっ!
得意になって
「そうでしょ?!
まずは、東西の市で陶磁器、香木、薬草、茶を売る店を全部調べて記録する。
その次に、偽物を販売した罪で、そのうちの一つの店を咎めて、それらの唐物を市で販売禁止にする。
そして・・・・」
竹丸が続ける
「地方の闇採掘で得た砂金で、市価の倍の値段でその唐物を買いたいという地方豪族がいると、商人たちに話を持ち掛ける。
ホイホイと話に乗ってきた商人たちは、倫理観の低い奴らだし、危ない品物を抱えてる証拠。
つまり、源佐値、源喜舞、藤原有紗根たちから盗んだ品物を早く売りさばきたくて仕方ない商人たちですよね!」
「そうっ!!我ながらよくできてるでしょ~~~!へへんっ!」
竹丸も感心したようにパチパチ手を叩き
「さすがに姫の計画はお見事でした!褒めてあげますっ!!
さぁ、じゃ、我々も帰りましょうっ!」
伸びをしながら竹丸が、馬をつないだ路地へと歩き始めようとしたそのとき、その路地から人影が飛び出し、竹丸に刃物を突き付けた。
「わっ!姫っ!早く逃げてっ!」
えぇっ??!!!
ビックリしたけど、慌てて、反対方向へ逃げようと竹丸に背を向けて走り出そうとしたとき、
「止まりなさいっ!!」
鋭く叫ぶ女性の声がし、目の前に、市女笠姿の女性が立ちはだかった。
さっきの茶屋にいた女性客?
市女笠越しに、私を睨み付けている。
「逃げればその従者の命はないわよ。」
素早く考えを巡らせ、納得した私は、落ち着いた声で
「あなたが黒幕ね?密貿易で異国から陶磁器、茶、薬草、香木を買い付けた源佐値、源喜舞、藤原有紗根と、それを市で売りさばく商人たちを仲介したのね?」
女性が市女笠を脱ぐと、竹丸がビックリしたように声が甲高くなり
「あっ!!伊勢っ!!彼女は温子さまの女房の伊勢ですよっ!!痛っ!!刃が当たってますっ!!」
暴れる竹丸に刃先を喰い込ませたのかしら?
でも、伊勢?なの?
えぇ??!!
彼女って兄さまの恋人でしょ?
「なぜ?左大臣をハメるようなことをしたの?彼が源佐値、源喜舞、藤原有紗根の密貿易を嗅ぎつけたから?恋人なのに?」
黒目がちの切れ長の目、鋭い鷲鼻、薄い唇の口角が下がった口元、
鼻の横に皺を寄せ、嫌悪の表情で
「だから何?左大臣は昔から冷酷な男だったわ。
私を利用する時だけ近づき、甘い言葉をささやくような。それに引き換え、定省様は今も変わらず私を慈しんで下さる。あの方のために御子を産み、あの方のために左大臣を陥れたのよ。
真珠や硫黄、漆器といった輸出品の産地である国の国守に密貿易で利益を得る方法を指南し、輸入品を売りさばく商人を紹介し、仲介手数料を取ることを思いつかれたのはあの方よ。
私はただの使い走りに過ぎない。
左大臣は異国船が能登や対馬に密入国してるという情報から輸出品の生産地の国守経験がある貴族を一人ずつ調べ、私にたどり着いた。
訪ねてきて『密貿易を止めないと検非違使庁に突き出す』と脅したのよ。仮初であっても、情を通わせた女子に言う事かしら?」
(その7へつづく)