EP384:伊予の物語「噤口の大臣(きんこうのだいじん)」 その2~伊予、唐物の陶磁器を目利きする~
そんなある日、源佐値という貴族の屋敷へお使いに行くよう椛更衣から命じられ、牛車に乗って出かけることになった。
源佐値さまは五位蔵人で信濃守(信濃国の国守)を務められている四十前半の貴族で、先日、椛更衣の父君の源昇様と雷鳴壺を訪れ、唐物の陶磁器蘊蓄を、聞いててウンザリするほどさんざん披露した挙句、バツが悪くなったのか、
「たくさんあるからお知り合いの記念に一つお贈りしたい。後日、使いの者を屋敷によこして、好きなのを選んでください。」
と仰ってお帰りになった。
今日なら午後は屋敷にいるから、陶磁器を取りに来てくれと連絡を受け、私が訪問することになった。
内裏からついて来てくれた従者の大舎人が侍所に訪問を知らせてくれ、牛車を降り、中門廊に上がり、雑色に案内されるままに主殿へ渡った。
源佐値様の屋敷は豪勢なザ・『貴族のお屋敷』で、遣水はもちろん立派な池と中島や南山、釣殿(池の上に張り出した廊)や北・東・西の対・雑舎・念誦堂をそろえた完璧な寝殿造り。
五位蔵人だから?国守だから?富豪なの?なぜ?
疑問が湧くほど贅の限りを尽くしているように見えた。
主殿に渡り、御簾をおろした母屋に向かって雑色が訪問を告げると、源佐値様が
「椛更衣の女房殿だね。どうぞ、お入り」
御簾を押して中に入ると、振り向いた源佐値さまが座る奥に、畳の一段高くなった座所に先客が一人いるようだった。
源佐値さまが円座から立ち上がると、床には十数個の碗や皿、水瓶、壺、などの陶磁器が並べられてた。
暗い緑がかった黄色の茶碗や皿や、青い器、真っ白な茶碗や皿、持ち手や注ぎ口が動物や装飾のついた白い水瓶、灰茶色地にこげ茶色の縞模様の入った壺などがある。
椛更衣に贈って下さる陶磁器ってこれのことね?
どれがいいかしら?
いくつ選べばいいのかしら?
思わず真剣に見入ってしまう。
私にじゃなく椛更衣に贈られるものだから、必死になって選ばなくてもいいっちゃいいけど。
真剣な眼差しに気づいたのか源佐値さまが、年齢の割に皺の多い口の周りにもっと皺を寄せて笑い
「やぁ!見つけましたね。この中からお気に入りを一つ椛更衣に差し上げたいので、さぁ、選んでください。どれも唐物で値が張るものですが、お近づきの印です。」
椛更衣は将来、皇后や中宮といった後宮の主となるには、後ろ盾が弱いから、それほどゴマする必要はない。多分。
だけど、さんざん自慢して引くに引けなくなった源佐値さまは、唐渡の高級陶磁器をイヤイヤながら渋々手放すって感じ?
どれも窯が有名そうな焼き物!!!
う~~~ん、どれにしようかな~~~!!!
「どれでもいいんですかぁ?!!!わーーいっ!!どれも素晴らしい品ですわね!」
唇に指を添えて、一つずつ、真剣に点検する。
どーせなら一番お値段が高そうなもの?にしようかな~~~!
でも目利きができないのよねぇ~~~。
源佐値さまの蘊蓄を聞いてもサッパリ憶えてないし。
知識が頭に全~~~然っ!残ってない。
こーなったら、ぱっと見の印象で決めるしかない!
一つずつ念入りに見入ってると、奥の一段高くなった畳に座っている先客が
「この青い碗にするといい。もし本物の越州窯秘色青磁なら唐の国の皇族階級が使用する最高級品だから。」
ん?
聞き覚えのある?
硬くて低い、身体の奥に響く声。
ハッ!
顔を上げると、久しぶりに至近距離で見る、懐かしい兄さまの姿があった。
濃紺色に、銀糸で雲と龍を丸く模り織りだした『雲龍丸模様』の狩衣に、黒の袴の装い。
洗練されてて、透き通る白い肌が際立つ美男子ぶり!
突然、思いがけない場所で出会った驚きと、急にドギマギして心臓が跳ね上がり、全身の血が逆流しそうになった興奮で、何も言えないでいると、面白そうに眉を上げ、口の端に笑みを浮かべ
「ええと、暗緑色がかった黄色のがわりとよくある越州窯青磁で、白いのが邢州窯白磁。どちらも唐代でも新しいものだ。ただし越州窯青磁を模倣した国産の猿投窯青瓷も混ざってるかもしれない。だが源佐値殿の言葉を信じ、全てが唐渡だとすると青みが強いのは、国産の青磁ではなく本物の越州窯秘色青磁かもしれないから、私ならそれにするな。」
「み、見ても分からないものなの?」
「う~~~ん、猿投窯青瓷なら見たことがあるが、もっと青みが薄く灰色っぽかった気がする。これは美しい青緑色だろ?本物かも」
青緑色の碗を、前のめりになって見下ろしたあと、悪戯っぽく上目遣いに見つめる涼やかな目に
ドキッ!!!
心臓がバクバク暴走して息が苦しくなった。
今まで黙って見ていた源佐値様が慌てた声で
「えぇっ??!!!そ、それはっ!おそらく偽物でしょう。国産の青磁です。普段使っていた碗が混ざったんですなっ!ハハハッ!」
乾いた笑いが響く。
ということは、選んでほしくないのね?
「じゃあこれにします!」
空気を読んで、暗緑色がかった黄色の越州窯青磁の、花のような幾何学模様の皿を選んだ。
布で包んで木箱に入れてくれるというのでお礼を言いつつ皿を預けた。
源佐値様がそのために席を立ち、私と兄さまだけが主殿に二人きりになった。
(その3へつづく)