EP383:伊予の物語「噤口の大臣(きんこうのだいじん)」 その1~伊予、左大臣に今さらながら気後れする~
【あらすじ:時平様とお別れして、赤の他人として目も合わせない間柄になり、はやひと月。完全に恋心なんて消滅したと思ってたのに、お使いで出かけた先で再会しただけで再燃→焦った。その直後に、時平様が連続窃盗犯として検非違使に捕らえられたというからジッとしていられず、知恵を絞って作戦を練った。作戦がハマれば時平様の失脚を防げるけれど、本人はなぜか口を噤んだまま!私は今日も逃がした魚の大きさに後悔が後を絶たない!!!】
今は、900年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見にとって『兄さま』こと左大臣・藤原時平様は、詳しく話せば長くなるけど、幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十七歳になった今の二人の関係は、一言で言えば『紆余曲折』の真っ最中。
原因は私の未熟さだったり、時平さまの独善的な態度だったり、宇多上皇という最大の障壁の存在だったり。
結婚だけが終着点じゃないって重々承知してるけど、今のままじゃ辿り着けるかどうかも危うい。
藤原時平様が左大臣に任ぜられ、その他の公卿の方々も昇叙され、十五歳の若き帝をお支えする朝廷の重臣の顔ぶれが決まり、はや一月が過ぎた。
時平さまとは、相変わらず、二人きりで会う事はもちろんなく、人目のある場所でも、目も合わさず、言葉も交わさない状態。
だから
『兄さまに会っても、他の人みたいに、何も感じなくなる』
という目標は達成した?かも。
だって、帝のお伴で雷鳴壺にいらしたとき、同じ空間に同席しても、以前のようにソワソワして浮足立つことは無くなった。
ちゃんと、『やんごとない』ご身分の左大臣・藤原時平様として、敬意をもって一定の距離を保って接することができている・・・と思う。
そうやって、遠巻きに見ると、兄さまは一席の大臣らしく堂々たる威厳と風格を備えた、背筋の真っ直ぐで、眉目秀麗・才気煥発な殿方。
年老いた朝廷の重臣の方々からも一目置かれ、重大な国家の問題に対して、適切な判断と決定を任される責任あるお立場。
『父君が関白太政大臣だったから、権力者の長男だから、コネと血筋だけで左大臣の地位を手に入れた』と噂されても、それだけで大臣が務まるほど政は簡単じゃない。
時平様に実力が充分備わっているから、今日まで帝や朝廷のお役に立って、第一の臣の地位に昇り詰めることができた。
それだけでも尊敬に値するし、二十九歳という若さと、端麗な美丈夫ぶりは、どこにでもいる一介の女房から見ると、まさに『近寄りがたいオーラ』がメラメラ漂ってる。
気軽に声をかけれない雰囲気!
よくもまぁ、あんな『雲の上の人』と付き合えたな~~~。
我ながら大したもん!
図々しさと図太さが半端ないっ!
実の兄上に接するように(?)、ただ甘えるだけで、妻や恋人のように気遣いするでなく、ちゃんとしたお世話をするでもなく、ワガママ放題だった過去の自分を思い返すと、至らなさにゾッとする。
幼いころから、上皇の別宅に逢いに来てくれてた時から、ずっと、妹みたいに扱ってくれて、愛情を注いでくれたから勘違いしても仕方ないよね?
調子に乗って甘えても許してくれてたよね?
今は・・・・どう思ってるのかな?
「二度と近寄らない」
って宣言されて以降、兄さまから話しかけられたとしても、必要最小限の会話だけ。
別れる気は全然なかったけど、
「付き合ったことを後悔してる」
って言ったせいで、兄さまを傷つけてしまった。
いまさら許してもらうなんて虫のいいことはできない。
もし謝ったとしても、二度と私に近寄りたくないかも。
「好き!付き合って!」
って迫ったり、
「お互い恋人が多いほうがいい!」
ってわがまま言ったり、
さんざん振り回しておいて、最後に傷つけた女子なんて。
嫌われて当たり前。
でも・・・・
本当にそれでいいの?
このまま別れても平気?
一生、誰とも結婚しないつもり?
自問する。
でも、ま、今決めてしまわなくてもいっか!??
兄さまよりも、好きな人が、いつか現れるかもしれないし。
資質条件的に、兄さまほどの人は多分無理・・・だけど、好きになったのはそこじゃないし。
雑色でも舎人でも農民でも、時平さまなら、何でもよかった。
ずっと、好き。
幼いころから、この気持ちは変わらない。
なのに、本当に、このままでいいの?
兄さまと、
別の道を歩んでも?
このまま、離れ離れで、一生を過ごすの?
(その2へつづく)