EP381:伊予の事件簿「虚構の称賛(きょこうのしょうさん)」 その4~上皇侍従の思惑は外れ、帝の御内意は仄めき、伊予は内舎人に相談する~
野生の獣のような、過酷な環境でこそ本領を発揮する、底知れない力強さが、忠平様の身体から溢れ出てるような気がした。
しなやかで強靭な野生の肉食獣の美しさ。
したたかに、粘り強く、獲物の隙をうかがい、一撃でしとめる。
冷酷で果断に富むところは時平様も同じだけど、苦境に陥った時、頼りになるのは忠平様の方かもしれない。
しばらくジッと見つめ返し、フフッと微笑んで
「相変わらず、お元気そうで、何よりね!でも変ね?自信満々な人ってもっとモテると思ってたけど、私に割く時間があるってことは、他の女子にあまりモテないんでしょ?」
冗談ぽく意地悪を言うと、立ち上がってスタスタと近づき、目の前に
ストン!
腰を下ろした。
顔を近づけ、息がかかりそうな距離で
「女子に?モテるよ。伊予だけだ、私を拒否するのは。他の女子は一度仲良くなるとすぐに言いなりになるか束縛しようとするから、面白くないんだ。使える女子は機嫌を取るが、そうでなければ、一夜限りってことが多いな。」
不誠実な態度に
ムッ!
として
「バカみたいなモテ自慢するのはいいとしても、女性のことを軽く見る発言はそれだけで男女どちらからも嫌われるわよ!現に私は引いてるし!ますますあなたのこと嫌いになりそ・・・」
顔を傾け、唇で唇を塞ごうと近づいてくる。
手で口を押えて止め、
「冗談はやめて。あなたには何も感じないの」
兄さまの前でも、これぐらい冷静でいられるといいんだけど。
忠平様が不機嫌そうにチッ!舌打ちし
「女子は余裕のある男がいいんだろ?せっかく色々な女子と付き合って、勉強したのに!兄上のように女子と遊べば余裕ができると思ったのに!肝心な時には全く役に立たん!」
余裕?を勉強するために女子と付き合うの?!
無駄な事ばっかりして!
呆れつつ白~~~い目で見てると、
スッ!
真顔になり
「伊予・・・嫌いな、絶対夢中にならないヤツなら、付き合っても大丈夫だろ?依存しないから。
だから、私と付き合えばいい。」
はぁ?
自虐的?!!
ビックリして、でも『なるほど!納得!』な提案に、ちょっと面白くなってへへへ!と笑って
「そうね、考えておく!じゃあ、そろそろ帰るね!」
ニッコリと微笑みを交わしあい、私は内裏に戻った。
数日後、反物のお礼の品を持って桐壺へ出かけ、桐壺更衣に、椛更衣からのお礼の言葉を伝え、品物をお渡しする役目を果たすと、茶々に房に引き留められ、菓子と噂話に花を咲かせた。
茶々が
「聞いた話によるとぉ~~、権大納言さまがね、菅原家の『家集』を帝が所望なさっていると人を介して伺ったと、周囲に漏らしたそうなの!『学者の家系である菅原家の人々は詩作に優れているから、漢詩文集を手元に置きたい』と、帝が熱望なさっているらしいの。『晴れがましいが、その準備で忙しくて困る』と自慢してらっしゃるともっぱらの噂なのよぉ~~!」
えぇっっ??!!
自慢してるの??
そんなことすれば、もっと嫉まれるかも??!!!
お気づきにならないの??!!
まさか、帝が『一計を案じた』とおっしゃったのはこのこと?!!
ハラハラしながらも、そ知らぬふりで
「ふ~~~~ん。そうなんだぁ~~~。才能がおありなるのも、それはそれで大変ね~~~!」
すっかり他人事。
まさかね?
菅公を孤立させる作戦の一つ・・・・のハズないわよね?
その日の夕方、内侍司にお使いに行った後、雷鳴壺へ戻る途中の渡殿を歩いてると、庭に影男さんの姿を見かけた。
立ち止まると、影男さんが私に気づき、走ってきて
「ちょうどよかった。これを渡しに行くところだったんです」
胸元から結んだ文を取り出した。
「竹丸からです。密旨を携えて、堀河邸を訪れると、あなたに文を届けるところだったと竹丸に引き留められました。あなたに対して怒り心頭のようでした。この頃、主上のそばに伺候していると大納言からも、精気の抜けた恨みがましい目で、ドンヨリと睨み付けられることが多いですが、一体何があったんですか?」
竹丸からの文を開いて読むと
『若殿が自殺したらあなたに責任を取ってもらいます!』
とか
『あなたは昔からワガママであざとい、若殿にとって害毒にしかならない、どうしようもない姫でしたよねっ!』
とか
『今度という今度は許せません!若殿を弄ぶのもいい加減にしてください!二度と近づかないでくださいよねっ!!』
とか、竹丸の義憤に燃えた怒りが真正面から伝わる。
ため息をつきながら、文を影男さんに見せた。
サッと目を通すと
「文面から察するに、本格的な決裂があったんですか?なぜ?」
三白眼を見開き、黒目が少し大きくなった。
「長くなるから、私の房で話すわ。」
(その5へつづく)