EP380:伊予の事件簿「虚構の称賛(きょこうのしょうさん)」 その3~伊予、克服方法を模索するために、枇杷屋敷を訪れる~
好きな人の前でも、気持ちを隠して平然としていられる自分になる!という目標をかなえるためには、何をすればいいの?
一人でグルグル考えてても答えが出ないので、最初に『性依存』だと指摘された忠平様に相談することにした。
文を送るとすぐに返事が返ってきて、枇杷屋敷で会う事になった。
椛更衣にお許しをもらい、枇杷屋敷に出かけた。
主殿に入るなり、慌てて立ち上がった忠平様は、自分の座所の対面に敷いてある畳を指さし
「座ってくれ。何か飲む?酒は・・・やめておく?そうだっ!白湯と菓子を頼む」
案内してくれた雑色に命じた。
忠平様が座ったあと、私が対面して座ると、ソワソワと緊張した態度で、扇で頸をガリガリと掻き
「相談?好きな人の前で平気でいること?そんなことが簡単ならとっくにしてるよ。それより、竹丸から聞いたんだが、今度こそ本当にダメになったと兄上が落ち込んでたらしいが、そんなに大ごとになってるのか?」
あなたのせいでしょっ??!!
イラっとして口をとがらせ
「仕方ないでしょっ!兄さまに依存してることに気づいたし、性依存?でも何でも直したいし。何かに依存したくないもの。」
「依存症なら、対象に近づかなければいい。兄上依存なら、その方法は正しいが、再び依存対象に曝されると再発するらしいが。」
言ってるうちに、可笑しくなったのか、ニヤケながら肩をすくめた。
依存対象って?!!モノみたいにっ!!
お酒とか?
薬とか?
私の場合は、兄さま?
悲しくなって
「二度と会えないってこと?」
真面目に聞いてるのに、扇を手に打ち付けながら面白がってるみたいにニコニコして
「そう。会えば依存が再発するから。」
でも・・・!と思いついて、恥ずかしくなって口ごもりながら
「じゃあ、あの、そーゆー行為に依存してる場合は?どうすればいいの?」
忠平様がギクッ!として、また緊張した態度に戻り、扇で頸を掻き始めた。
「え、ええと、その場合は、おそらく、その、誰でもいいから男を誘って、そーゆー行為をしたくなるんじゃないかな?そのへんは、どうなの?」
ソワソワしながらモゴモゴいう。
う~~~ん。
考え込んで無言になってると
「例えば、ホラ、目の前にいる・・・」
自分を指さし
「どう?したくなる?」
軽口を叩く割には、真剣な、張り詰めた表情。
「はぁ??!!なるわけないでしょっ!!考えたくもないっ!!以前だって、触られたときは気持ち悪かったものっ!」
忠平様がガクッと肩を落とし、シュンとうなだれたので
言い過ぎたっ?!傷つけた?!
と思ったけど嘘はつけない。
「あ~あぁ~~~っ!!」
急にゴロンと後ろに大の字に寝転がり、手枕をし
「兄上はズルい。何もかも独り占めだな。
・・・父上がまだ生きてた頃、私たち弟を集め
『我が家には太郎がいるからお前たちは安心だ。
だが、太郎だけに頼るんじゃないぞ、もしもの時には太郎にとって代われるように日ごろから爪を研いでおけ。
研鑽と鍛錬を怠るな。
太郎がしくじった時には、他家の者におめおめと地位を譲るでないぞ。
朝廷第一の臣であるべきは、我が家の者であると、くれぐれも心に刻め』
と言った。
確か、兄上が今の私の歳には、もう頭中将だった。
私は上皇侍従で中央に重要な官職は無い。位階(従四位下)と地方に官職(備後権守)があるから、食うには困らないが、一生かかったって今の兄上ほどの地位に昇れるかどうかも怪しいもんだ。
我が家の全ての幸運と才覚は兄上が持ち去ってしまった。
・・・だがっ!」
グッ!
両腕に力を入れて上半身を起こし、起き上がると、私をジッと見つめ
「伊予は?
兄上のものにならないなら、私でもいいんだろ?
私はこのまま終わるような男じゃない。
どんな手を使ってでも、兄上に敵対したとしても、欲しいものは手に入れる。
目的のためには手段を選ばない。
まだ諦めていないんだ。全てを。もちろん、伊予のことも。」
浅黒い肌に、白い濁りのない目、そのなかにギラギラ輝く黒い瞳があり、それを縁取る短い睫毛と、筆で引いたような美しい眉は、時平さまそっくりで、平凡な貴族男性とは違う、希に見る美丈夫だった。
(その4へつづく)