EP378:伊予の事件簿「虚構の称賛(きょこうのしょうさん)」 その1~伊予、言葉を間違え思わぬ結果を招く~
【あらすじ:少し距離を置きたかっただけなのに、時平さまに永遠の別れを告げたことになった私は、自分の内面の弱さに、嫌でも向き合うハメになった。他人に依存心が強いのは、悪いことばかりじゃない!とは思うけど、理想の自分になるのをあきらめたくはない。弱いことを自覚しても、自力で困難を克服したい私は、今日も迷いつつ何となく生きる!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
兄さまは眉をひそめて、怪訝な顔でジッと私を見つめていたけど、ふっと微笑み
「冗談だろ?いまさら他の女子と寝たことに、本気で怒ってるのか?」
言ったあと、眉を上げ、大げさに驚いた表情を浮かべた。
そうじゃないっ!!
「ち、違うっ!ことも無いけど・・・・それが原因じゃなく、問題は私なのっ!このまま兄さまと一緒にいると、自分のことを嫌いになるっ!」
兄さまは真顔になりつつ、手を単の下に潜らせ、腰を抱きしめようとする。
ダメッ!!って言ってるのにっ!
イラッ!
として、その手を掴んで押しのけ
「淫らな事を考える自分が嫌なのっ!兄さまを見ると、触れられると、そのことで頭がいっぱいになるのをやめたいのっ!!淫らな女子になりたくないのっ!!」
睨みつけながら金切り声で叫ぶと、突然、力が抜けたみたいに両手をダランと下げ、俯き、首を横に振りながら
「浄見はそんな女子じゃない」
ムッ!
として、
「何も知らないくせにっ!!私がっ!何を、考えてるか、なんてっ!!
やめたいのにっ!
淫らな気持ちになるのを、兄さまのせいでっ・・・!っっうっ、うっ」
激昂して涙がボロボロ流れてるのも恥ずかしかったし、性欲すら制御できない、意志の弱い、依存的で、惰弱な人間だと思われるのも恥ずかしかった。
いつでも冷静に戻れて、強い意志で、キッパリと男性をはねつけられる、誰にも流されない、自立した人間でいたかった。
ハッ!
と顔を上げた兄さまが苦しそうに眉根を寄せ
「私のせいで、自分を責めているのか?嫌いになるほど?
・・・・浄見を愛したのが、間違いだったのか?
私との、その、そういう、行為を・・・・後悔してるのか?」
血の気が引いた蒼白な顔で呟く、語尾が震えた。
後悔?
絶対しない!!って何度も言ってきたけど、
兄さまになら殺されてもいい!!って
でも、こんな自分は嫌っ!!
卑しい、娼婦のように、
性欲に溺れる、自分は許せないっ!!
元に戻りたいっ!!
何も知らなかったころにっ!!
うんと頷きながら、
「こ、後悔してるっ!!兄さまと付き合わなければよかった!何もっ!しなければよかったっ!!こんなに苦しいならっ!!」
涙でぼやけた視界の向こうで、兄さまが目を大きく見開き、見えない刀で胸を刺し貫かれたような、苦痛の表情を浮かべた。
俯き、ギュッと拳を握りしめ、グッと唇を噛んでいる。
声を絞り出すように、
「すまない・・・浄見、私が間違っていた。
浄見を、絶対に、傷つけたくなかったのに・・・・!
つきあうべきじゃなかったのに・・・・!
一生、兄のままでいるべきだったのに、
自分の気持ちを抑えられなかった。
もう、・・・もう、二度と、近寄らない。
忘れてくれ、全て・・・・本当にすまない」
呆然と呟くと、背を向けて、力なく、ユラユラとその場を立ち去った。
少し気持ちが落ち着くと
『これでよかったの?』
心配になった。
兄さまは「二度と、近寄らない」って言った?
うん。
ということは、もう、二度と恋人には戻れないってこと?
えっ?!
はぁっ??!!!
そんなつもりはなかったのにっっ!!!
気持ちを制御できるようになりたかっただけなのにっ!!
その間少し距離を置きたかっただけなのにっ!!!
一生『お別れ』したことになったのっ??!!!
えぇーーーーーっっ!!!
どーーしよーーーーっっ!!!
焦ったけど、口に出した言葉は飲み込めない。
兄さまを否定して、傷つけてしまった。
今さら取り繕おうにも、他に、なすすべも無かった。
(その2へつづく)