EP377:伊予の事件簿「霊魂風の気色(たまかぜのけしき)」 その6~伊予、依存克服のために決意する~
はぁ?
そーいえばこの前もダメって言ったのに!
「ダメッ!兄さまのそういう、私が思い通りに動くと思ってるところが嫌いなのっ!!臺与や有馬さんみたいに、好き勝手に使える手駒だと思ってるんでしょ?そーゆー傲慢で、ワガママなところは、もうちょっと直したほうがいいわよっ!!」
兄さまが頬に触れようとして伸ばした手から、逃れようとジリジリと後ろに下がった。
さらに近づいてくるので、後ろに下がってると、背中が御簾に当たり、いつの間にか廂の端にまできてた。
ここで立ち止まるか?
御簾を押して北廂に出るか?
悩んでると兄さまは手をおろし、目を細めて楽しそうに笑い
「私は幸せだな。」
いきなり素っ頓狂なことをいう。
「何が?私に嫌われてるのが?よく考えると、影男さんの方が人間的には尊敬できるかも!ちゃんとしてて、常識もあるし、まともだし、多分、兄さまよりも好き!」
眉を上げて驚いたあと、また目を細めて微笑み
「どうであれ、浄見が近くにいて、他愛ない、会話を交わせる。こんな日が来るなんて、思ってもみなかったから。」
ギュッ!
胸が苦しくなった。
幼いころ、兄さまが別れを告げたときのこと?
もう一生、会わないって言ったとき?
その時の寂しさや独りぼっちの不安を思い出した。
悲しくなって、目の前にいる、あの時と変わらない、優しい瞳の、懐かしい、愛おしい人を見つめた。
あの時と、姿形は同じでも、傍にいるときの胸の高鳴りは、明らかに違う。
ただ傍にいるだけで、幸せだったころとは。
今は・・・・
「他の女子と寝ないでっ!!理由があっても、イヤっ!!」
睨みつけながら言い放った。
卑しい、独占欲、
いつも、私だけに夢中になって!
私だけを求めてっ!
私だけに触れてっ!
「本当に私のことが好きなら、それくらいできるでしょ?無理してでもできるはずよっ!!」
ワガママで傲慢なのは私。
何の権利があってこんなことを言えるの?
兄さまが真面目な顔になって
「肉体的に交わったとしても、感情が、心が動いたわけじゃない。性的な興奮なんて、ただの肉体の反応だ。感情が伴わなければ、そんなものに意味は無い。浄見こそ、気持ちが影男に動いたなら、肉体関係が無くても立派な浮気だ。私は浄見以外の女子に心が動いた事は無いのに。それでも我慢してる。怒りを抑えてる。私に無理を通せというなら、浄見も影男に近づかないでくれ。」
そんなのっ!!
見てもわからないでしょっ!
証拠も無いしっ!!
言ったもん勝ちって酷くないっ??!!
「ど、どちらにしてもっ!こんなに価値観が違うなら、結婚とか、難しいと思うっ!」
ひるんだ隙に、兄さまが手を伸ばし頬を両手で包んだ。
熱くなった頬に、ひんやりと筋張った指が触れ、頬を撫でる。
「浄見、私の使命はできるだけ多くの人が安心して暮らせるようにする事だ。
そのためにできる限り制度を整えたとしても、物資の欠乏や体の不自由などで不幸な人々はこの世に溢れている。
それに引き換え豊かに暮らしていける我々は、ただでさえ恵まれているのに、ちょっとした努力でお互いがより幸せになれるなら、それぐらいの努力はすべきじゃないか?」
つまり・・・何?
「私に我慢しろというの?兄さまが他の女子と寝るのを?」
親指が微かに唇に触れ、そっと動く。
指先の皮膚の硬さが、唇の柔らかい、敏感な部分を刺激し、官能的な興奮を呼び起こす。
ウットリとして思考力を奪われる。
ダメダメッ!!
気を取り直してカッ!と目を見開き
「だからっ!触らないでっ!」
叫んだつもりなのに、
「うん。わかった」
グッ!
頬を包む両手に力が入り、唇が近づき、唇を覆った。
舌を絡めとられ、吸われると、頭がぼんやりして体に力が入らなくなる。
息が荒くなり、快感の喘ぎ声が漏れる。
愛撫を期待して、体中が敏感になる。
奧が潤み、官能の蜜が溢れる。
長い口づけが終わり、冷静になると、悔しくなった。
こんなにも、理不尽に思い通りにされてしまうことに。
自分で自分を制御できないことに。
自分のことが嫌いになった。
もっと、欲しくなり、止められなくなる前に、こんな関係はやめにしたいと思った。
性依存?
なら、直したい、と思った。
兄さまに依存するのを
やめたい。
「今夜、大納言邸に来る?」
ふぅっと息を吐きながら囁く兄さまに、
「いかない」
キッパリこたえると、怪訝な表情になった。
いつでも、冷静な自分に戻れるようになりたい。
抗えない刺激を与える人は危険なのかも。
対処できるように、成長しなきゃ。
「しばらく、距離を置きたい。
兄さまに会っても、他の人みたいに、何も、感じなくなるまで、二人で過ごすのはやめましょう。」
ゆっくりと決意を込めて、自分に言い聞かせるように、呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
こう見えても『昌泰の変』への伏線です。