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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
浄見の事件譚(推理・ミステリー・恋愛)
376/505

EP376:伊予の事件簿「霊魂風の気色(たまかぜのけしき)」 その5~議政官会議で荘園整理の法令案が否決される~

数日後、再び帝が雷鳴壺へ御渡りになった。

今回は、大納言である兄さまと、中納言・藤原定国(ふじわらさだくに)という方がご一緒にいらっしゃった。

雷鳴壺に入るなり、兄さまが(もみじ)更衣に


「我々だけにしてください。内密な話があるので、帷と御簾をおろしてください。」


(もみじ)更衣は私たちに目配せして合図し、御簾と衝立で仕切られている寝所にお下がりになった。

相変わらず大掃除で忙しいなか、私と桜が、イソイソと帷と御簾をおろし、殿舎内の()御座(おまし)には殿方だけになった。


桜はすぐに立ち去ろうとしたけど、『何の話?』という好奇心が止められない私は、御簾の前に座り込んで聞き耳を立てた。

奥の方でボソボソ話声が聞こえる。

耳に神経を集中してやっと聞き取れるぐらいの声量。


定国(さだくに)さま?と思われるキンキン声で


主上(おかみ)、議政官会議で、『荘園整理の法令』は否決されてしまいました。権大納言が『上皇のご意向』を振りかざして異を唱えたせいです。」


帝が


「なぜだ?民の負担を減らすために不当な荘園を廃止して税収を増やそうという政策なのになぜ父上皇が反対なされるのだ?」


兄さまが


「上皇はご自分の荘園が朝廷に取り上げられることを危惧していらっしゃるのでしょう。つまり、違法に寄進を受けた荘園をお持ちだと存じます。」


帝が不機嫌そうに


「何っ?!そんなことがあるはずないっ!時平っ!口を慎めっ!」


定国(さだくに)さまがキンキンしてるけどきっぱりした口調で


「そうでなければ法令に反対なさる理由が分かりません。権大納言の申すには『上皇は、もしわずかだとしても、親王や院から荘園を接収するようなことになれば、皇族に対する不信感を民の間に醸成する。そのようなことは避けねばならんと(おっしゃ)った』そうです。」


しばらく無言の時間。


帝がポツリと


「父上皇の影響を朝廷から取り除かなければ、朕の望む理想の(まつりごと)が実現せんというわけか。」


定国(さだくに)さまがギクッとしたように急いで言葉を継ぐ


「つ、つまりっ!主上(おかみ)のおっしゃりたいことは、その、権大納言を、その、公卿、つまり議政官から罷免したいと(おっしゃ)るのですか?」


兄さまが低い声で


「ですが、菅公に(とが)が無ければ簡単に罷免することはできません。」


帝がゴクリと息をのみ


「ではどうせよと言うのだっ!!このままでは朕は上皇の傀儡(かいらい)ではないかっ!民を第一とする(まつりごと)ができんなら朕は帝である意味はないっ!」


兄さまが


「帝はまだまだお若くていらっしゃる。そうお焦りになることもございますまい。もう二三年お待ちになれば、きっとその機会(チャンス)が訪れますでしょう。」


・・・・とここまで聞いて、冷や汗が背中を伝うのを感じた。


これって・・・もしかして・・・・?

菅公(菅原道真)をナニするための密談?

具体的にどうとかじゃないけど。


帝のご意向は、宇多上皇の朝廷への影響力を取り除きたいのよね。

兄さまは『私』という別の理由もあって、その辺の意見は一致してる。


それに、『心を捧げている相手』の私じゃない、もう一人は、多分・・・・帝。


気が合うし、目指す理想が似てるんだと思う。


朝廷が、皇族や貴族のためではなく、民のためにあるべき、という信念を共有し、お互いが尊敬しあってるのが伝わる。


御簾の内側で、ガサゴソ物音がして密談が終わり、兄さまたちが出てくる気配がしたので、盗み聞きがバレないよう慌てて立ち上がって、東廂(ひがしひさし)の女房たちの(へや)へ隠れた。


御簾の内側から廊下の様子をうかがってると、帝が清涼殿の方向へお戻りになるのに、ついていこうとした藤原定国(ふじわらさだくに)さまに、兄さまが何か話しかけ、兄さまだけがそこに残った。


ん?


スタスタとためらわず真っ直ぐ、こちらへ向かってくると御簾の前で立ち止まり


「伊予殿に取り次いでもらいたい。」


御簾一枚を隔てた、すぐ目の前に立つ、涼やかな公達の、低くて硬い、身体の奥に響く声。

上品な香が漂い、もっと近くで、(びん)の油や、汗ばんだ皮膚の匂いを吸い込みたいと思った。

御簾を少し手前に持ち上げ、


「どうぞ」


御簾を押しながら、軽やかに身体を滑り込ませた。

ワザとうしろに下がらずにいたので、背を伸ばした兄さまの直衣(のうし)の胸が鼻先にくっつきそうなほど近くにあった。

香と体臭が混ざった、懐かしい、体の奥の官能を呼び覚ます匂いが、鼻孔を満たした。


ドキンッ!


ギュッと締まり、フワッと緩む、そこが潤んだ。


顔を上げると、全ての顔の部位が美しく、整然と、計算され、魅力的になるように並んでいる。


()れたい!

胸に抱き着きたい!


もっと、親密な部分に()れたい、肌を合わせたい!


想像し、カッ!と瞬間的に興奮が身体中を駆け巡り、恥ずかしさで顔が(ほて)るのを感じた。


『よろめいたフリして抱きつく?』


(よこしま)?な考えが一瞬、頭をよぎったけど自制して、後ろに下がり、兄さまと距離をとった。


兄さまはニヤッと口の端を上げて笑い、ゴキゲンな口調で


「伊予、先日は邪魔して悪かったね。影男(かげお)との逢瀬を。」


イラっ!とした事を思い出してムッとし、


「ええ。でも、お生憎(あいにく)さまっ。兄さまを優先して影男(かげお)さんを追い払うと思ったんでしょ?でも思い通りにはならなかったわね!」


急に真顔になり、真剣な目でジッと見つめ、唐突に、かすれ声で


()れていい?」

(その6へつづく)

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