EP375:伊予の事件簿「霊魂風の気色(たまかぜのけしき)」 その4~伊予、想い人の難点に悩む~
二枚の畳を敷いた寝所は二人が横になるだけでも手狭になる。
だけど、兄さまだけが床で寝ころんでるのが気の毒になって
「大納言様、もうちょっとこちらへきて、畳の上で寝てもいいわよ!床は冷たいでしょ?」
その結果、狭い畳の上で、影男さんの伸ばした腕に私は頭をのせて寝て、影男さんの折り曲げた手が当たりそうなところに、兄さまが寝ることになった。
初めは仰向けに寝てたけど、ふと寝返りを打つと、こちらを向いて横向きに寝てた兄さまと目が合った。
美しい、切れ長な目の、黒い潤んだ瞳がギラギラと光を放ち、鋭い顎の線と、筋の通った鼻、薄い酷薄そうな唇はキッ!と引き結んでいたけど、いつ見ても胸が高鳴り、ドキドキが溢れ出る美男子だった。
ジッと見つめ続けていた真剣な目が、フッと緩み、細くなり、微笑みを浮かべて
「触れてもいい?」
低い声で囁く。
はぁっ?!!!
どっどこにっ??!!!
触れるつもりっ!!??
影男さんがいるでしょっ!!!
何するつもりっ??!!!
心臓がバクバクして口から飛び出そう!
「バカなのっ??!!ダメっ!」
って言ったのに、手がスッと伸び、頬に触れた。
頬の感触を楽しむように指先でそっと触れコチョコチョと動かし、親指で軽く唇をなぞる。
冷たい指先の動きにウットリと気を取られてると、
グッ!
影男さんの手が兄さまの腕をつかんで頬から押しのけ、私の胸の上あたりを抱きしめ、もう片方の手でお腹を抱きしめ、体に引き寄せながら
「今夜の伊予さんは私のものです。遠慮してください。」
低い声でハッキリと言い捨てた。
お腹と胸と背中に影男さんの熱い体温を感じる。
呼吸が荒く、胸が速く波打つのを背中に感じた。
汗と香の混じった男らしい体臭が鼻を衝く。
体全体を後ろから包み込まれ、ガッチリと抱きしめられ、一切身動きできない。
兄さまが怒りをにじませた声で
「伊予に聞いてみればいい。どちらを選ぶか。」
影男さんを睨み付けてる。
背中に感じる鼓動の速さや、腕の震えに、影男さんの内心の不安が伝わり、胸が苦しくなった。
慌てて
「も、もちろんっ!影男さんを選ぶわ!約束してたしっ!!兄さまは直廬に戻ってください!」
兄さまは驚いたように目を見開き、またすぐ不機嫌な表情になり
「嫌だ。今日はこのままここで寝る。伊予に触れなければいいんだろ?」
影男さんを睨み付け、目を閉じて眠りについた。
しばらくそうしてると、スースーという兄さまの寝息が聞こえ、影男さんがやっと腕の力を抜いて私を開放し、
「本当にいいんですか?大納言を怒らせたかもしれませんよ?」
寝返りをうち、影男さんの方に向いてウンと頷き
「いいの。この人のわがまま全部に付き合うつもりはないもの。私が言いなりになると思ってる、傲慢なところも改めて欲しいし。」
囁くと、影男さんはフッと微笑み、その後、私たちは安心して眠りにつくことができた。
私の手を、兄さまがギュッと握りしめてきたことは、影男さんには内緒にしたけど。
筆で素早く引いたような眉と、閉じた目に整然と並んだ短い睫毛や、玉のような白い肌。
寝息を立てて無防備に眠る姿を見ているうちに、心の底から愛しさが溢れ出た。
頬に触れたくなった。
利己的で傲慢な人でも?
目的のためなら手段を選ばない人でも?
最初から、そんな性格だって知ってても、
好きになった?
自問する。
よく考えれば、性格は忠平様と変わらない?
忠平様を拒否する理由にならないってこと?
じゃあやっぱり・・・。
幼いころから傍にいてくれたことで肉親代わりに甘えて依存してたり、初めての行為に快楽を覚えて、性的に依存してるの?
そうじゃない!
って思いたいけど。
考えても、他のミーハーな女子たちよりも兄さまを好きな理由に思い当たらなかった。
美男子とか、権力者とか、お金持ちとか、崇拝する女子はそういうところが好きなんだと思う。
内面じゃなく。
性格も、優しいとか、責任感があるとか、聡明で物知りとか、いいところはいっぱいある。
でもやっぱり私の中では、幼いころから憧れてた気持ちが強い。
大人になって初めて出会っていたら、恋してた?
つまり、忠平様に恋するかどうか?ってこと?
う~~~ん。
無いかな~~~~~~。
目をつぶってもグルグルと考えがまとまらず、悩みはますます深くなり、眠くなったと思ったら、すぐ朝になった。
(その5へつづく)