EP373:伊予の事件簿「霊魂風の気色(たまかぜのけしき)」 その2~伊予、恋人の内舎人と逢引きする~
兄さまが口を開く前に、椛更衣が
「あの、少し失礼します。」
帝に微笑みながらうなずき、サッ!私の方を見て
「ねぇ!伊予、何か口にするものをもってきてくれないかしら?菓子などをね?あの、主上?わたくしもここを退いたほうがよろしいかと存じますが・・・。」
ん?
混み入った話を聞かないように?
女子が政に介入すると何かと厄介だから?
『薬子の変』とか?
兄さまが
「そうですね。では席を外してください。」
椛更衣が会釈しながらその場を退くと同時に私も、帷をめくって外へ出た。
菓子を取りに内膳司へ向かう途中、雷鳴壺から梅壺へ渡る渡殿へ差し掛かったあたりで、塀沿いの庭に内舎人姿の男性が立っているのが目に入った。
腕を後ろで組み、姿勢をまっすぐにして雷鳴壺周辺をゆっくり見まわしてる。
無表情に『この世に面白ことなんて何一つない!』って雰囲気の三白眼で辺りを見回してるのを見て、
あっ!久しぶりっ!!この感じっ!!
懐かしくて、親しみがこみ上げ、思わず廊下の端にイソイソと近づき、チョイチョイと手招きする。
仕事で警備中?でも帝のそばには兄さまもいるし、ちょっとなら大丈夫だよね?
「影男さんっ!!ねぇっ!こっち来てっ!!」
一応小さい声で話しかける。
影男さんが私に気づき、一瞬困惑した表情をしたあと、渋々な感じでゆっくりと歩いてきた。
廊下にしゃがみ込み待ってると、目の前に立った影男さんは、この前会ったときより、一段と胸板が厚く、腕も太くなったように見え、尖った鼻や顎、切れ長な三白眼といった繊細そうな顔のつくりとは真逆の逞しい体格はギャップ萌え!なところ。
しゃがみ込むと目線は影男さんの方が少し上だから上目遣いになる。
「久しぶりね?元気だった?聞いてもらいたいことがたくさんあるんだけど。」
影男さんが三白眼の黒目を少し大きくし、目を見開き、動揺を見せる。
傀儡のような無表情が少し崩れただけでも、人形が魂を取り戻した瞬間を見たような気がして、不思議なほど心惹かれる。
無意識にジッと見つめていると、口の端を少し上げて無理やり作った笑顔で
「そうですね。変わりありません。」
少しでも触れたくなって、
「んっ!!」
片手を差し出す。
影男さんがゆっくりとその手を握り、もう片方の手で包み込み、ポンポンと軽くたたく。
ギュッ!
冷たい手を握り返し、見つめ合う。
そうっ!!
兄さまが臺与と有馬さんを使った『美人計』の話や、忠平様に『性依存』と言われたこととか、愚痴りたいことがたくさんあった。
好きになった人の性格に難があった場合どうすればいい?とか。
浮気を何とも思ってないこととか、目的のためには手段を選ばないこととか。
相談したい!
せめて話を聞いてほしいっ!!
影男さんが今度は自然に微笑み、
「わかりました。今夜、亥の刻二つ(午後十時)にここへ来ます。待っててくれますか?」
ウンと頷き
「もちろんっ!!また按摩してくれるの?」
キラッ!
黒目が大きくなり、頬に赤みがさしたように見えた。
「あらっ!伊予っ!昼間から逢引き?大胆ね?大納言様が雷鳴壺にいるというのに。」
後ろから甲高い声が聞こえ、通りかかった有馬さんにすれ違いざまチクりと刺された。
えっ?!!!
ヤバッ!!
絶~~っ対っ兄さまに告げ口されるっ!!
何となく後ろめたくなって、慌てて立ち上がり、影男さんに手を振って別れ、内膳司へと急いだ。
浮気?といえば浮気だけど、兄さまと違って肉体関係は無いしっ!!
女友達みたいなものだしっ!!
せいぜい添い寝するだけだから、別に悪くないよね?
口づけ?は・・・女友達とはしないけど。
罪悪感が無いとは言い切れないけど、兄さまよりはマシ!と自分に言い聞かせた。
その夜、亥の刻二つごろ、ソワソワしながら雷鳴壺に続く渡殿を行ったり来たりしながら待ってた。
吐く息が白い。
手がかじかんでくるので、袖の中で両腕をこすり合わせて温める。
冷たく、冴え渡った夜空に月はなく、星々がクッキリと輝いている。
ドキンッ!ドキンッ!
私の鼓動にあわせて脈打つように星が煌めいた。
トントントン
軽い足音が聞こえ、梅壺から、灰色の筒袖、括り袴、烏帽子の内舎人姿の男性が現れた。
ドキッ!
姿を見かけた瞬間、胸が躍ったけれど、ずっと待ってたからというだけで、深い意味は無いよね?
影男さんと目が合うと、自然と微笑みかけ
「いつぶりだったっけ?十日?もっとかな?忙しかったの?文もくれなかったし。」
無表情に見つめられる。
もし、影男さんに新しい恋人ができたら、ちゃんとお別れしなきゃ!
無言のまま、二人で雷鳴壺の私の房に入った。
黙り込んだまま、寝所の畳の上に向かい合って座り、水瓶から白湯を器に注ぎ、差し出しながら、
「どうして黙ってるの?迷惑だった?新しく好きな人ができたとか?それなら、もう構ってくれなくてもい・・・」
ギュッ!
差し出した腕を握りしめ
「伊予さん、」
呟いて黙り込む。
指が触れていた器から白湯が少しこぼれた。
(その3へつづく)