EP372:伊予の事件簿「霊魂風の気色(たまかぜのけしき)」 その1~醍醐天皇と大納言、雷鳴壺で密談す~
【あらすじ:宮中の穢れを払い浄める大掃除で忙しい雷鳴壺に帝と密談にやってきた時平様は、相変わらず私を意のままに操れると高をくくっている。どれだけ好きでも、冷静になれば、嫌な部分は目につくもの。その冷静さを奪われるほど、夢中になって依存してしまう関係ってホントに健全な恋愛?私は今日も理不尽な魅力に理性を奪われる!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
十二月十三日の『事始め』以降、連日、『煤払い』と言われる、床下や天井、壁に積もった煤や埃を払い、取り除いて浄める大掃除で、宮中の人々が忙しそうに立ち働いている。
新しい年を迎えるにあたって、家屋や庭を清め、穢れを払い、新しい年の神様を迎え幸運を願うための重要な準備だそう。
雷鳴壺でも女房達が、新年の新しい衣の仕立てや発注、化粧道具などの調度品の手入れや処分・新調・補充、宴の酒や膳の手配、紙や筆、墨、硯の手入れや古いもの処分、新調、など思いつく限りの準備で忙しそう。
私だけがのんびりしているわけにもいかず、何か役に立とうと、帷の破れた箇所を繕ったり、修繕に出すべき御簾を見つけて修理をお願いしたり、几帳の布を張り替えたり、衝立の埃を払ったり、それなりの仕事をこなしていると、雷鳴壺に帝と大納言が御渡りになると内侍が先触れにやってきた。
御座で、書を読んでらした椛更衣にお知らせし、椛更衣から御座を整えるように命じられ、文机を移動させたり、綿入りの茵を運んで整えたりしていると、サヤサヤと衣擦れの音とともに、帝が廊下にお姿をお見せになった。
ちょうど一カ所、壁代と御簾を巻き上げていた場所から帝がお入りになり兄さまがその後に続いた。
女房たちが会釈しつつすれ違いながらあわただしく雷鳴壺から出ていくのを見て帝が
「邪魔をしたようで申し訳ないね。芳子、少しここで大納言と内密に話したいことがあるので、使わせてもらうよ。」
椛更衣は私の目を見つめ、ウンと頷くので
『ここにいてちょうだい』
と合図されてると解釈して、壁代をおろして廊下から見えないようにして、入り口付近に座った。
兄さまはすれ違うとき、私と少し視線を合わせても、微笑みもせず硬い表情で頷くだけ。
大事なお話?
『内密に』と仰ったし。
ここにいていいのかしら?
不安になったけど、椛更衣から命じられるまではここで待機する。
一段高い御座にお座りになった帝の両側に対面して、兄さまと椛更衣が座った。
帝が
「時平、今年の米の出来は悪くないのか?豊作だったとしてもいつまでも続くわけはあるまい。朕は民の暮らしを少しでも楽にしてやりたい。出挙(稲粟の種子を蓄えた者が、播種期にそれを農民へ貸与し、収穫期に利子を付けて返済させる行為)の利子率が高すぎないか?それを下げるわけにはいかないのか?」
兄さまが
「公出挙の現状、三割という利子率を下げても、地方の富豪・有力農民がそれを元手に私出挙により五割の利息で本稲を農民に貸し付け、差額を着服します(現状は二割を得ている)。彼らの権利を認めなければ、農民からの税の取り立てが難しくなり、朝廷への納入も滞るので、私出挙の利息を下げることはできません。」
帝は扇を顎にあて『う~~ん』とお悩みになり
「何か他に農民の負担を減らす策はないか?」
兄さまがウンと頷きながら
「土地の有力者や豪族が開墾した荘園を有力貴族や寺院に寄進する開墾荘園の中でも、寄進証文の偽造や、地元の権力者や貴族との癒着による不正承認、開発や寄進の実態がないのに荘園としての権利を主張するなどの、違法な手続きの荘園を廃止し、公田とする『荘園整理の法令』をお出しになるのが良いかと存じます。税収は増加し、今まで私腹を肥やしていた貴族・寺院・富豪農民から取り上げるので、民の負担は増えず、不作の地域で税の免除が実施できるかもしれません。」
フムフム。
あれ?でも兄さまも権門勢家の筆頭でしょ?
藤原北家氏族も、今までた~~くさん荘園の寄進を受けてきたでしょ?
その中には違法なものもあるんじゃないの?
収入が減ってもいいの?
まぁ、でも、何不自由なく育った私も含め貴族の人々は、これ以上の富を得ることに執着しない人も多いのもある意味では真実だと思う。
自分だけが幸せでも周りが不幸だと居心地が悪いしね。
帝の表情がパッと明るくなり
「それは良い考えだっ!!次の朝政で太政官符(太政官が管轄下の諸官庁・諸国衙へ発令した正式な公文書)を発令する旨、奏請してくれ!」
兄さまは頭を下げ
「はっ。畏まりました。議政官会議で細かく議論し決定したのち、奏請致します。」
帝が続けて
「やっぱり大納言は朕の理想を理解してくれてるなぁ~~!民が不幸な上に国が成り立つわけが無いっ!!民の暮らしを第一に考えるべきなのに、権大納言は父上皇のご意向だからとアレコレ反対してくる!時平は、どう思う?」
(その2へつづく)