EP370:伊予の事件簿「二心の如虎(ふたごころのねこ)」 その6
次の日、竹丸に頼んで、兄さまに内緒で大納言邸の塗籠に潜ませてもらうことにした。
竹丸が迎えに来てくれ、呆れたように
「この頃、若殿は公卿たちの宴会によく出席してます。めずらしいことですが、政治的な根回しがどうしても必要になったんでしょうかねぇ?だから塗籠に潜んでも会えるとは限りませんけどいいんですよね?」
ウンと頷き、首尾よく塗籠に隠れた。
内裏を出た時はまだ夕日が出てて、明るかったのに、大納言邸に着いた途端、真っ暗になり冷たい風が吹きすさんだ。
主殿は格子や壁代をおろし、屏風を立てかけ風対策はばっちり。
さらに塗籠という壁に囲まれた空間の中にいてさえ、あんまり重ね着じゃない水干姿では、強い風が木をザワザワ揺らす音や、戸をガタガタ鳴らす音に、怖さと寒さで鳥肌がたち、ゾクゾクと震えた。
眠気よりも寒くてガタガタ震えながら妻戸の隙間から、主殿を覗きながら兄さまの帰りを待ってる。
遠くで女性の上ずった話し声がして、だんだん近づき、主殿に二人の人影が入ってきた。
遅れてきた雑色が灯台に火をともすと、二人の人物の姿がはっきりと見えた。
壺装束姿の女子は華やかな高い声で
「市でたくさん贈り物を買ってくださった上に、屋敷に招待してくださるなんて、この先のことを期待してしまいますわ!」
狩衣姿の男が
「例の約束さえきちんと守ってくれれば、先のことはおいおい考える。」
女子が無言で袿と単、袴を次々と脱ぎ始めた。
はぁ?
何してるの?
寒くないの?
呆気にとられつつ、固唾をのんで見守る。
小袖姿になった女子は男の頸に両腕をまわして抱きつき
「ねぇ?最後の贈り物をくださるのでしょう?いつも塗籠で寝てらっしゃるの?それとも寝所が几帳の陰に用意してあるの?」
有馬さんのことで、ある程度の覚悟ができていた私は、臺与が兄さまを誘惑しようとしてるのを見ても、すぐにブチ切れるほど興奮してるわけではなかった。
冷静に!
落ち着いて成り行きを見守るのよっ!
自分に言い聞かせるけど、ショックで体がブルブルと震えるのを押さえることはできなかった。
次は臺与なの?
どうして私だけじゃ満足できないの?
兄さまは臺与の腰に腕をまわし、口づけを交わしたあと
「私ではなく、頼んだ相手とにしてくれないか?お前のワザを駆使すれば誰でも篭絡できるだろう?」
「フフフッ!でも、依頼主さまがちゃんと一つずつ確認してくれないとぉ~~~」
兄さまの狩衣の衿紐に手をかけ、衣を脱がそうとしてる。
帯を解こうとする臺与の手を掴み、兄さまが
「わかった。塗籠へいこう。」
兄さまが無造作に近づいてきて、
グイッ!
妻戸を開くと、震えながら膝を抱えて座り込んでいる私と目が合った。
「きっ?伊予っ!!何してるっ!!」
ギョッ!と驚いたように目を丸くし、すぐに血の気が引いた蒼白な顔になった。
臺与が兄さまの後ろから近づき、私を見て
「あらっ!伊予さん?また私たちの邪魔をしに来たの?
はぁ~~~っ。
今日はもういいわ大納言様、お話がすんだら連絡してくださいな。
それまで依頼の件は実行しません。
その泣くだけで無能な恋人を選ぶのか、あなたの役に立つ私を選ぶのか、決めてから文をよこしてくださいね。
ねぇ!誰かっ!!内裏へ帰るから車を出して頂戴っ!!」
脱ぎ捨てた衣を手早く身につけると、屋敷中に響く声で呼びかけながら、踵を返してサッサと立ち去った。
残された私は何を言えばいいのか分からなくなって黙り込んだ。
「竹丸が引き入れたのか?何も聞いてないが。」
「口止めしたから。本当のことを知りたかったし。公卿との付き合いが忙しいっていうけど、女子の間違いだったのね。」
冷たく言い放つと、また二人とも無言になった。
兄さまが、ふぅっとため息をつき
「有馬と臺与にはあることを頼んだんだ。だからお礼に、求められるまま応える必要があった。機嫌を損なうわけにはいかないから」
溜まった涙がこぼれないように上を向いて素早く瞬きし、
「話を聞いててわかった。政治的な根回しね?酒席で機嫌を取るだけではダメで女子を使ったのね。」
臺与に無能呼ばわりされたけど、当然のこと。
老獪な公卿を誘惑して操るなんてこと私にはできない。
わかってるけど!
感情が追い付かないっ!!
もっと関係のない女子に別の報酬で頼めばいいでしょっ!!
なぜ過去にいろいろあった女子を使うの??
兄さまが心を読んだように
「金銭より愛情でつながっている方が裏切られにくい。彼女たちの愛情を利用してる。私は卑怯だ。目的のためには手段を選ばない。浄見の嫌いな、人を欺き、騙して目的を遂行するような人間だ。別れたいなら引き留めない。他の男と結婚しても、まだ間に合うだろ?」
(その7へつづく)