EP369:伊予の事件簿「二心の如虎(ふたごころのねこ)」 その5
講師がコホンと咳払いし、
「では左方、美華子さんの和歌を詠みます。
『たちかふる 今日のころもの ふしのわた 雪をかさねる 冬は来にけり』
(衣を裁断し作り替え、綿の入った衣を節々に重ねたのを見ていると、まるで雪が重なっていくようだ。冬がとうとうやってきたのだなあ。)
(*作者注:「草根集_正徹」[詞書]初 正徹)
では、右方、伊予さんの和歌を詠みます。
『ふれはかつ 消えてそこほる 冬の日の 光につもる 松の白雪』
(降り積もったかと思えばすぐに消え、また積もる冬の日の光の下で、松の枝に重なる白い雪よ)
(*作者注:「草根集_正徹」[詞書]松雪 正徹)
では、自陣の和歌の良いところを解説したり、相手方の批評を仰ってください。」
左方の茶々が早速
「冬の装いに衣替えする人々の忙しい様子や、積み重なった衣の中綿に呼応するように、庭に静かに降り積んだ雪の様子がありありと目に浮かんでくる素晴らしい歌です!」
私の味方・右方の雉子さんがすかさず
「降ったと思えばすぐに消え、また降るを繰り返し、緑の松葉が露に濡れてゆき、半分白く、半分透き通った氷のような雪が光を跳ね返す様子が眩くて素敵です!」
あっ!ナイスフォロー!ありがとうっ!!
心の中で呟く。
萄子更衣はそれを聞いて少し考えこみ、意を決したようにパッ!と顔を上げ
「勝者は右方、伊予さんです!判定の決め手となったのは・・・・・」
のように、左右、十二首ずつ、合計二十四首の和歌を読み上げ、十二回対戦すれば宴は終わるはずだった・・・んだけど、十一回の対戦が終わり、右方と左方が五勝五敗一分けの互角で臨んだ十二回戦を前にして、御簾を上げた西廂に内侍が現れた。
「帝が御渡りでございます。」
私たちは
「あらっ!」
「どうしましょう!」
どよめきながらも立ち上がり帝が御渡りになるのを待つ。
帝が現れると人々はお辞儀し、一段高い畳を敷いた御座にお座りになるのを待って着席した。
内侍が帝に、今までの和歌と勝敗を記した巻子をお渡しし、帝が素早く目を通された。
若々しいお声で
「左右とも五勝五敗一分けで、いいところへ来たのだなぁ!では、最後の勝負は朕から題を出そう!歌人は即興で詠むように。えぇっとーーでは、父上皇が可愛がっていた『猫』でどうだ!」
はぁ???!!!
最後の一首は、準備してきた『鳥』のお題で、私と臺与が詠むはずだったのに!!!
帝の一声で即興っっ??!!!
『猫』?!!!
そういえば枇杷屋敷で猫を見たなぁ。
その時のことを
う~~~ん!
と思い出してると、忠平様の言ったことや、自分の不安定な内面や、兄さまの浮気のことが次々と思い浮かんだ。
性的に依存してるだけ?
人として好きなわけじゃない?
憂鬱になりかけたけど、そうだ!こんな時こそ和歌に詠もう!
思い直して紙と筆をとり、サラサラと書き付けた。
紙を手渡された講師がさっきよりも緊張した高い声で
「では、左方、臺与さんの歌です
『おもひねの 夢たにみえて あけぬれは あはても鳥の 音こそつらけれ』
(思い焦がれるあなたが、せめて夢の中にでも現れてほしいと願っていたのに、夜が明けてしまいました。鳥の鳴き声が余計に心に響いて悲しく感じられます。)
(*作者注:「千載集」[詞書]恋歌とてよめる 寂蓮法師)
では、右方、伊予さんの歌です
『音をそ啼く なれしもしらぬ のらねこの つなたえはつる 中の契に』
(鳴き声さえ聞き慣れた、あの野良猫も知らない。細い絆をつないできた中で結ばれた契りが、とうとう途絶えてしまったことを。)
(*作者注:「草根集_正徹」[詞書]寄獣恋 正徹)
」
敦賀さんが
「臺与の歌は『猫』が入っていないわ!」
茶々が
「いいえ、『ねこそつらけれ』のなかに入ってるじゃない!準備してた『鳥』も入ってるし、両方含んでいて工夫されてるわ!」
私の味方・右方、雉子さんがまたまた
「猫が悲しげに鳴いてる様子を、細い絆である、猫をつないでいた綱が切れたことによると捉えて、恋人たちの別れを表現するのが巧みだわ!」
ありがとーーっ!!
でも、深読みしようと思えばいくらでもできる内容だと思う。
『中の契り』って。
モチロン判定は、帝に託され、『う~~ん』と少しお悩みになったあと帝は
「では、左の勝ちとしよう!『鳥』と『猫』を見事に取り入れ、即座に両方の課題を克服したところが、並々ならぬ手腕と評価する。ただ、右の和歌は、何とも言えない複雑な悲痛が伝わる気がする。悪くないと思う。」
残念!
負けちゃったけど、仕方ないかな。
主上に口添えしてもらえるなんて光栄?
そんな感じで無事『詩歌の宴』を終え、雷鳴壺に戻った。
夜に独りになるとどうしても考えてしまう。
有馬さんと兄さまのことや、性依存だと言われたこと。
兄さまにどうしても会って確かめたくなった。
(その6へつづく)