EP368:伊予の事件簿「二心の如虎(ふたごころのねこ)」 その4
忠平様が険しい表情で
「始めはそうでも、今は欲求を満たすのために兄上を求めてるんじゃないのか?
それなら、もういいんじゃないか?こだわる必要はないだろ?
求めても与えてくれず、辛いだけなら、あっさり別れた方がいい。」
そうなの?
私が兄さまを好きなのは、欲求を満たすため?
そのために逢いたい!とか愛しい!とか思ってるの?
性的な欲望に踊らされてるの?
兄さまに性的に依存してるの?
なぜか悲しくて悔しくて、涙が出そうになった。
ナーーーーオッッ!
ッナーーーーオッッ!
庭で、盛りの付いた猫の声がする。
私も同じなの?
猫は撫でられて気持ちよかったり、餌をくれて満腹になったりするとその人を好きになって懐く。
それと同じ?
所詮、人間なんて動物だし、高尚な事を考えても口にしても、本能には逆らえない。
人として尊敬してるとか、賢さに憧れてるとか、優しさに感謝してるとか、全部、
建前なの?
自分にすら嘘ついてたの?
ううんっ!
それでもいいじゃないっ!
一番、男として好きなのは、あの人。
男性として魅力的なのはいいこと。
忠平様をジッと見つめ返し
「それでも時平さまのことが好き。性的に依存してたとしても、別れたくない。」
首を横に振り
「そんな恋愛は健全じゃない。よく考えてみて?一方的に依存して、彼無しでは生きていけないなんて洗脳されてるのと同じだろ?伊予だけが奪われる関係は公平じゃないよ。利用されていいように使われるかもしれない。それでもいいのか?」
真剣なまなざしで訴える。
ムッ!として気を引き締め
「だからあなたにしろと言うの?同じじゃない!あなたが洗脳していいように私を利用するかも!誰でも同じなら兄さまがいいわ!」
ふぅっとため息をつき
「伊予、内裏に戻って、ゆっくり考えてみればいい。少なくとも今日の私は自制できただろ?それほど下衆な男じゃないって信じてくれるだろ?」
兄さまだって下衆じゃないしっ!!
いつも自制してるしっ!!
ってことは、私に問題があるだけ?
すぐに何かに依存したくなるって問題があるの?
また深刻に悩み、凹みつつ、枇杷屋敷を後にし、内裏へ帰った。
内裏へ着くころには、すっかり酔いが醒めてた。
『詩歌の宴』の当日、私と椛更衣は萄子更衣の在所であり主催会場でもある宣耀殿を訪れた。
宣耀殿は雷鳴壺と違って南北に長い舎殿で、北には几帳や衝立や屏風で囲った空間に、帝の妃嬪である各局の主たちが座った。
和歌の作者の方人である、各局の代表者は東西に三人ずつ並んで座った。内裏の西側の局が右方、東側の局が左方となって左右で対決する。
右方の代表者は雷鳴壺の方人は私、唐花殿の方人は兄さまの元恋人の一人で女房の敦賀さん、承香殿は雉子さん、左方は宣耀殿の臺与、常寧殿の美華子さん、淑景舎(桐壺)の茶々の合計六人。
西廂側の御簾と壁代は巻き上げてあり、廊下に帝の先触れがお見えになった時すぐに対応できるようにしているけど、それ以外の三方向は格子も壁代も降ろし、屏風を立てて隙間風を防いでる。
もう寒いしね!
帝は政務を終えられて、時間があればいらっしゃるとのこと。
方人である女房達の衣装は贅を凝らして色とりどりの重ね袿と単に裳に唐衣まで着けた超絶動きにくい格好。
袿の襲の色目は濃蘇芳(濃い紫)から青く移り変わる『白菊』や黄色から紅に移り変わる『櫨紅葉』、淡青から黄を通って紅、蘇芳と色とりどりに移り変わる『楓紅葉』が冬の装いで有名で、それを取り入れてる人たちが多い。
私は季節感が無いけど、白から紅梅、淡くなって青に変化する『雪の下』がどうしても着たくなったので、わがままを通して身につけた。
寒い季節に雪の色!は周囲に溶け込んでカッコイイ!と思うんだけど。私だけ?
正式な歌合せではないからと、審判役である判者を萄子更衣がなされ、講師(歌を読み上げる役)は宣耀殿の臺与じゃない女房。
全員女子だから殿方に媚びる必要が無いのは気が楽!
基本的に同じ組の和歌は誰のであっても、いいところを見つけて褒めましょうという、同じ組は全員念人ルールでやることになった。
お題は『雪』『月』『花』『鳥』の順で左方の一首と右方の一首、を競わせて勝敗を決めていく。
こっちのがイマイチの出来でも相手もイマイチなら勝機はあるってことね!
萄子更衣がハキハキと
「では一つ目の歌題は『雪』です。左右各々、一首目の『雪』の和歌を選んでください!」
私たち右方は三人集まって相談し、私の歌が選ばれた。
一番か~~~!
負ければ幸先が悪いなぁ~~!
プレッシャーがエグイっ!
(その5へつづく)