EP366:伊予の事件簿「二心の如虎(ふたごころのねこ)」 その2
その状態がお昼ごろまで続き、御座で文を書いてる椛更衣の隣で、イライラしながら墨を磨ってると、椛更衣が
「どうしたの?伊予。朝からずっと怒ってるわね?」
今朝の出来事を話すと、呆れた顔で
「殿方ってどうしようもないわねぇ~~~。怒っても無駄よ!それより伊予!さっき受け取った萄子更衣からの文に、今度『詩歌の宴』を萄子更衣の住まいの宣耀殿で催すことになったから、各局ごとに代表の歌人を一人ずつ選出して欲しいって書いてたわ!後宮の全局を左右二組に分けて競うんですって!私たちは右よ!我が雷鳴壺の方人は、もちろんっ!!・・・・・」
少し溜めを作って、丸い目をクリっとさせ、私をジッと見つめ
「伊予っ!!あなたよ~~~~っっ!!!」
パチパチと手を叩く。
う~~~ん。
この感じどこかで見た気がする。
あっ!そうだ!
『溜め』を作るところなんてそっくり!
最近、父君(源昇)に似てこられた?
それにしても方人って和歌を詠んで提出するのよね?
私にできるかしら?
不安。
「椛更衣さま、事前にお題はいただいてるんですよね?和歌を準備してもいいんでしょ?そうでなくては荷が重いですわっ!!」
椛更衣が文を読みながら
「えぇっと、お題は『雪』『月』『花』『鳥』ですって!一人一首ずつ合計四首準備して、臨んで下さいですって!」
んん~~~?
準備できるなら全部私一人で詠まなくてもいいんじゃないの?
誰か手伝ってくれないかしら?
竹丸・・・は無理だろうし、影男さん・・・も忙しそう。
兄さま・・・・を思い出すと、イラッ!ムカッ!が舞い戻ってきた。
気分が悪いっ!!
浮気者の薄情男っ!!
大っ嫌いっ!!
こっちだって浮気してやるっっ!!
また怒りが最大までぶり返し、眉をひそめピリピリしながら墨を磨っていると、大舎人が文を持ってきてくれた。
私宛てだったので開いて読むと
『臺与から聞いたんだが、宣耀殿で詩歌の宴が催されるんだって?
伊予は雷鳴壺の方人なんだろ?
いい和歌を作るために、助言が必要なら力になってやれると思う。
いつでも都合のいい日を知らせてくれれば、枇杷屋敷で会おう。
忠平』
う~~~ん。
確かに忠平様は和歌を書いた文をよく送ってくるし、得意なのかな?
添削してもらうぐらいは規則違反じゃないよね?
ってゆーか厳密な規則ってあるのかしら?
作者は私だ!という自尊心だけかも。
早速その日、会いたいと返事を書き、椛更衣にお許しをもらって出かけることにした。
椛更衣が目を細めて意地悪そうにほほ笑み
「もしかしてお泊り?大納言への腹いせ?フフッ!」
イラっとしつつも、ニッコリ微笑み
「余計なご心配はなさらないでっ!夕餉までには帰りますからっ!」
水干・括り袴を着て、角髪を結った少年風従者姿に着替えて枇杷屋敷へ出かけた。
何たって歩きやすいし、女らしくないほうが、お互い変な気を使わなくていいと思う。
四半刻(30分)ぐらいで到着し、いつもの雑色に主殿に通されたけど、忠平様の姿は無かった。
「しばらくお待ちください。上皇に近侍して出かけてらっしゃるとのことですので。」
忙しいところへ無理言っちゃったかなぁ~~。
悪いことしたなぁ~~!
思いながら、畳の座所の後ろにある屏風の絵を見るともなく見ていた。
全体が黄土色で、白い飛沫をあげる滝に続いて細い遣水が画面左から右へカクカクとした線で描かれている。
その遣水の縁には岩や松、牡丹や椿が描かれていた。
特に椿は屏風の何枚にもわたって、遠くにも近くにも、小さくも大きくも、赤い花が集まってるような、散らばってるような、自然にちりばめられてるような、計算されつくして置かれてるような、絶妙な塩梅で描かれている。
竹や松が地面と同色の黄土色の雲に隠されて、ところどころ見える緑と赤と白と黄土色の、色と形の調和が心地いい。
岩の上には雉、水の中には鴛や鴨がいて、雉も鴛もつがいで描かれてるのに鴨だけは一羽で泳いでた。
そういえば『花』と『鳥』はお題にあったわね!
『詩歌の宴』の和歌を考えなくっちゃ!
一応、ここへ来る前に考えて書き付けた紙を胸元から取り出して読み直す。
ニャアァァァ!
鳴きながら黒と茶色が混ざったしま柄の『キジトラ』の仔猫が近づいてきて、私の足元に頬をこすりつけた。
可愛いっっ!!!
忠平様が飼ってるの?
しゃがみ込んであごを撫でるとグルグルと喉を鳴らす。
ドシッドシッドシッ!
早足で近づく大きな足音に驚いたように仔猫が庭へ逃げてしまった。
バッ!
御簾を跳ね上げて忠平様が入ってきて
「伊予っ!!待たせて悪かった!」
(その3へつづく)