EP361:伊予の事件簿「推拿の伎倆(すいなのぎりょう)」 その2
こっちだって別に来たくて来たワケじゃないっ!!
逆ギレしようかと思ったけど、怪我人を怒らせて具合が悪くなっても可哀想なので、精一杯の笑顔で
「ん~~、それは、そうなんだけど、心配してるのも本当よ!大丈夫そうでホッとしてるし!で、どこを怪我したの?何があったの?」
また、ツン!とソッポを向きボソッと
「昨夜、藻壁門を出たあたりで、董林杏という典薬寮の役人が二人の男に絡まれてたのを見たんだ。言いがかりをつけられて、連れて行かれそうになったから、止めに入ったら腹を殴られて、肋骨にひびが入った。でも倍以上殴り返して追い払った」
新任按摩師・董林杏のことね!
でも実益のない面倒事は避けて通りそうな、『正義感から人助け』には程遠そうな忠平様が暴漢から董林杏を救ったの?
ちょっとキナ臭い!
あっ!それとも・・・
「董林杏とは知合い?友達だったとか?だから助けたの?」
忠平様がハッ!と息をのんだように見えた。
こちらを向いてニヤッと口の端だけで笑い、
「そう。任官直後にいち早く施術を受けたんだ。彼は経歴が変わっててね、典薬寮で学んだのではなく、民間の按摩治療院で唐人の按摩師に師事したらしい。唐語も話せるようだし、腕も確かだったよ。打ち身の痛みが消えたから。」
ふ~~~ん。
じゃあ知的で上品な感じ?
「そんな人がなぜ絡まれたの?相手がならず者で『肩がぶつかった、目が合った』だけでも暴力をふるってくる感じ?」
忠平様はジッと見つめながら
「いいや。身なりは中級の官人の恰好だったな。大内裏の門近くにいたから、本当に役人かもしれない。無頼には見えなかった。」
私が顎に指を当て、
『じゃあなぜ絡まれたの?』
う~~~~んと考え込んでると、ジッと見られてる気がした。
ふと顔を上げると、本当にジッと見つめる忠平様と目が合った。
目があっても照れもせず、ジッと見つめるので、こっちが気まずくなり
「ああっ!そうだっ!じゃあ、上皇が忠平様に命じて、董林杏を守ったとかじゃないのね?そのっ!董林杏が重要人物だからとか、唐国関係の重大な秘密を知ってるとか、唐国との秘密の取引を仲介してるとか!」
焦って兄さまの命令通り宇多上皇の指示があるのかを確かめる。
忠平様は微笑みを浮かべ、私の全てを目で吸収しようとでもしてるかのように、まっすぐに視線を釘付けにする。
「違うよ。兄上はそれを心配してたんだな?で、伊予を間者にして私を探らせた。やっぱりな。伊予が私を心配するワケないもんな。絶交するほど嫌ってるし。チッ!」
悔しそうに口をとがらせた。
目をそらし、苦痛の表情を浮かべ小袖の胸元に手を差し込み
「っつーーーーっっ!!!痛っ!痛みがぶり返したっ!もう帰ってくれっ!」
手を入れた胸に、白い布が巻き付けられてるのが隙間から見え、本当にちょっと心配になって
「大丈夫?まだ痛むの?医師を呼んでもらう?雑色に言いましょうか?」
痛みに耐えるように歯を食いしばり
「いい。耐えるしかないんだ。ったたたっ!っつーーっ!」
血の気が引いた顔色で、苦しそうな様子を見て、オロオロして思わず
「何かできることある?何でも言って!お水とってこようか?」
「いいや。どこにもいかないでくれ。伊予、手当てって知ってる?誰かが手を当ててくれると、痛みが和らぐんだが・・・・」
そうなの?
確かに『手当て』ってそーゆー意味?
納得して
「わかった!手を当てればいいのね!」
忠平様に近づき、忠平様が抜いた手に代わって、手を胸元に差し込む。
ゴワゴワした硬い白い布をぴったりと胸に巻いてある。
きつく当てると患部が痛くなるかも!っておっかなびっくりで触れるか触れないか程度に手を添えていると
「もっとちゃんと当ててくれないと効き目がない!」
というのでちゃんと、ピッタリと当ててると、そこが温かくなり、効いてるのかも~って感じた。
しばらくそうしたあと、ふと、顔を上げると忠平様がニヤケ顔で私を見つめてた。
はぁ??!!!
もしかして騙したのっ???!!!
イラっとして
「痛いなんてウソでしょっ!!触らせるためにウソついたのねっ!!もうっ!!」
慌てて小袖の胸から手を引き抜いた。
立ち上がって、
「もう帰るわね!お元気でっ!!」
言い捨てて、背中を向け、出ていこうとしたとき
「違うっ!騙してないっ!本当に痛かったんだ!待ってくれ伊予っ!」
立ち止まると
「もう二度と伊予を騙さないと言っただろ?信じてくれ。」
ホント?
じゃあ、疑って悪かったかなって振り返り
「そうなの?ごめんなさい。でも、もう帰るわ!お大事に。早く良くなってね!」
出ていこうとすると、慌てた声で
「伊予っ!また逢いたい。文を送っていいか?」
受け取らないって宣言してたっけ?と思い出し、チラッと振り返り
「う~~~ん。まぁ、文ぐらいならいいけど。」
パッ!
嬉しそうな笑顔になった。
内裏への帰り道、なぜ忠平様のことを好きになれないのかなって考えてみると、
『人を騙しても平気なところ』
と
『卑怯な手を使ってでも目的を果たそうとするから』
かなって。
自分とは考え方が違いすぎる!
一緒にいて安心できない人は好きになれない。
それに、得がないと人助けなんてしそうにない忠平様が、なぜ董林杏を助けたの?
なぜ、普通の官人(に見える人)たちに襲われたの?
実はただ者じゃないとか?
(その3へつづく)