EP359:伊予の事件簿「落葉樹の博戯(らくようじゅのはくぎ)」 その5
すぐさま兄さまに文を送り、竹丸が迎えに来てくれて、その夜、大納言邸を訪れた。
兄さまに話すと、ブスッ!と不機嫌になり
「浄見がそこまで必死になるならますます影男を追放する!
嘘をついてまで影男をそばに置きたい?だって?!
やってみればいい!椛更衣や桜がどうなってもしらないぞっ!」
ギロっと睨みつけて脅すので
ムッ!
として
「証拠もないのに帝が信じるかしら?帝の説得に失敗すれば兄さまだって不利になるんじゃない?嫉妬に狂って権力を使って恋敵を追い払おうとしたなんて噂されれば信用はガタ落ちよっ!!」
「誰のせいだ?」
切り裂かれるかと思うほど、鋭い目つきで、見つめられた。
わかってるけど!!
私のせいだって!
でもっ!!
「立場を利用して無理強いしようとするところがどーしても許せないのっ!!」
黙ってにらみ合っていると、兄さまが静かな声で
「浄見、影男が本当に浄見を愛してるなら、離れていても大丈夫なはずだろ?
なぜ、『そばにいること』にこだわる?
一生会えないわけじゃないし、内舎人は出世の足がかりになるし、彼にとって良い条件だと思わないか?
浄見がもし、影男を本当に愛していたとしたら、毎日会えなくなったくらいで忘れてしまうか?」
は?
いつの間にか影男さんを愛してることになってる??!!!
焦って
「違っっ!!影男さんを愛してるわけじゃないっ!!権力づくが嫌いなのっ!!」
噛んで含んで子供に言い聞かせるように
「どんな方法であっても、少しでも影男を親身に思うなら、出世を喜ぶべきじゃないのか?
結果じゃなく方法にこだわるならそれは意固地なわがままだ。違うか?」
ウン・・・・
と頷くしかなかった。
一番いい方法は、やっぱりこのまま影男さんが内舎人になること。
私が寂しさを我慢すればいいだけ。
全てが丸く収まる。
結局、私は影男さんの提案に乗らず、帝に嘘をつくこともしなかった。
次の臨時除目で影男さんは内舎人に任命され、拝命することになった。
大舎人として雷鳴壺に勤めに来た最後の日、別れ際、影男さんが硬い無表情のまま
「後任の護衛が明日からあなたを守ります。これからは、私は、十日に一度ほどしか逢いに来ることはできません。」
うんと頷く。
三白眼の黒目が大きくなり、口元に寂しそうな笑みを浮かべた。
「大納言の読みは正しい。
なぜ、私が、大舎人のままでいることに拘泥ったか、分かりますか?」
ウウンと首を横に振る。
「あなたは、きっと、いつもそばにいない私のことなど、すぐに忘れてしまうでしょう?」
ドキドキして不安になった。
「なぜそんなことを言うの?そんなにっ!・・・そんなに単純じゃないっ!!」
じゃあ、変わらない自信がある?
ずっと、今みたいに、影男さんのことを思える?
自問する。
分からない。
だって、永遠に愛を誓ったわけじゃない。
だって、影男さんは、あの人じゃない。
「気にしないでください、一度賭けに負けただけです。
まだ、あきらめていません。
あなたのことだけは、最後まであきらめられない。
また逢いに来ます。」
言い残して、影男さんは背を向けて立ち去った。
背中がだんだん小さくなっていく。
雷鳴壺の庭に、枯れ葉を落としつくし、細い枝を天に差し伸べるようにして、寒々とたたずむ落葉樹の寂寥を、頬をかすめた冷たい風が増幅する。
胸に、去ったばかりの人の温もりの記憶が、切なくよみがえった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
枯れ葉ってまず葉に水分の供給を断つからカサカサになるんですよね?断食的な?
身を切る戦略である『落葉するコスト』を加味しても寒い地域は落葉樹が常緑樹に勝つってことですかね。