EP358:伊予の事件簿「落葉樹の博戯(らくようじゅのはくぎ)」 その4
寝所で添い寝してると、兄さまがボソリと
「影男が内舎人の内示を辞退した?上の命令に逆らうような真似をして式部省あたりに伝われば、大舎人を解雇され、使部(官庁で雑用に使った下級の役人)に落とされてもおかしくないぞ。
・・・・フン!それはそれで、私には好都合だが。」
えぇっっ??!!!
そうなのっ?!!!
早く教えてあげなくちゃっ!!
翌朝、内裏に戻ると早速、庭仕事してた影男さんを見つけて、袖にしがみつき
「内示を辞退するのをやめて!ちゃんと受けなきゃ!大舎人どころか使部に落とされるかもしれないでしょっ!!」
心配になって一方的にまくしたてた。
影男さんは竹ぼうきに腕を乗せ、真っ直ぐ前を見ながら無表情のまま
「あぁ。そうですね。そうなったら、あなたに雇ってもらうしか方法はありませんね。内裏の外でしか逢えなくなりますし。」
はぁ??!!!
「何言ってるの?!そんなことになるならやっぱり内舎人になって、出世を目指した方がいいでしょっ!!断るのはやめてっ!!ねっ??!!!今からでも辞退しません!って大舎人頭に言いに行って!」
無表情のまま、クルリとこっちを向いたと思ったら、顔全体が緩み、ほぐれたような笑顔になった。
硬い、無機質な傀儡が、突然生命を吹き込まれたかのように、溌剌とした青年の輝いた表情になり
「伊予さん。あなたのように素直に私の心配をしてくれる人は、母親の他に会ったことがありません。
・・・・そうですね。
あなたもやっぱり、外聞や体裁のいい男の方が好きですよね?
では、最悪の場合、内舎人になりましょう。
ですが、一つ試してみたいことがあります。
要するに、内舎人任命が帝の一存で決まったことなら、帝の気を変えさせればいい」
不敵な笑みを浮かべ、静かに言い放った。
って一体どーするの??!!
どーやって帝の気を変えさせるのっっ???!!!
帝を操る?!!
そんなことできるの??!!!
そもそも、そんなことしていいのっ??!!
驚いて目を白黒させてる私を見て面白そうにクスクス笑いながら
「大丈夫です。大したことじゃない。
『鶯鶯伝を翻訳したのは別の大舎人とだった』と椛更衣経由で帝に伝えてくれればいいんです。
帝は私が翻訳したと思っているから内舎人にしようと思ったワケでしょう?
私でないとすれば昇進の理由は無くなります。
話はご破算になりますよ。」
ジトッと不信そうに見つめ
「帝にウソをつくのね?でも、椛更衣も桜も影男さんと私が翻訳したのを知ってるわ!話を合わせてくれるかどうかわからないわよ!」
しょうがないな!という風に肩をすくめ
「なら諦めましょう。私はあなたのもとを去ります。内舎人にでもなりましょう。」
私の表情を窺い、面白がるように目の端でチラ見する。
はぁ?
どーするかは私次第ってこと?
影男さんと一緒にいたければ、帝に嘘をつけってことね?
確かに椛更衣と桜が話を合わせてくれれば上手くいくかも。
一緒にいるところを他には見られてないし、見られたとしても翻訳作業をしてたと知ってるのは二人だけ。
でも・・・・
ハッ!!
として、
「兄さまが知ってるわ!そもそも兄さまの企みだものっ!!影男さんを帝に推薦したのは!
兄さまが嘘を暴いたら『帝を欺いた』という私たちの罪になるわ!」
スッ!
熱が冷めたように急に、無機質な、傀儡のような無表情に戻り
「私が翻訳を手伝ったという証拠はどこにもありません。文字は全てあなたが書いたし。
大納言がウソだと主張しても帝を説得できるかどうか。
帝が、椛更衣と大納言のどちらを信じるか?ですが。
それに、大納言があなたを傷つけることはしない。
実際に嘘を暴いたとしても、なにかと理由をつけ私だけを罰するでしょう。」
「そうなの・・・・?」
椛更衣や桜が安全なら、やってみてもいい・・・・と思ったけど、
「わかった。考えてみる。最悪な事態は、兄さまが私の嘘を暴いて、影男さんだけが罰を受ける事よね?それだけは避けたいから、兄さまを説得してみる。」
はぁ~~~~っっ!
大きい溜息が聞こえ、首を横に振りながら
「何もわかってませんね。大納言が最も望むのは実際そうなることです。説得できるはずありません。一か八かやってみるしかないんです。」
「でも!影男さんだけが罰を受けるなんてっ!!できないっ!」
無表情の三白眼の黒目が大きくなり、光を宿した。
「伊予さん、あなたに出会えてよかった。」
はぁ~~~???
何っ??!!
「一生のお別れみたいに言わないでっ!!待ってて!絶っ~~~対っ兄さまを説得するから!他の大舎人が翻訳したことにするからっ!!ねっ??」
(その5へつづく)