EP357:伊予の事件簿「落葉樹の博戯(らくようじゅのはくぎ)」 その3
次の日の夜、竹丸が迎えに来て、大納言邸に呼び出された。
廊下を渡ると、主殿の南廂で狩衣姿の兄さまがウロウロと歩き回ってる。
私が来るのを早くから待ちかまえてたみたい。
めずらしいっ!!
いつもは書を読んで待ってるのに!
どーしたの??
何かあったの?!
ちょっと嬉しくなって
へへへっ!
って思わずニヤニヤする!
立ち止まって私が走ってくるのをジッと見つめてた兄さまの胸に飛び込んだ。
焚き染めた香と体臭の混ざった、懐かしい、安心する匂い。
押し付けた頬から、衣の下に硬い、引き締まった、胸の筋肉を感じる。
裸のそれを思い出して、ドキドキして、照れて、顔が熱くなる。
体の奧が潤んだ。
兄さまが両手で私の頬を包み、顔を上げさせ
「影男の本心が分かっただろ?
あいつは浄見を守ることよりも出世を選んだだろう?
普通の男なんて皆そんなもんだ。
目の前に出世の足がかりがあるのにそれを選ばない男なんていない。
特に自信があって自尊心が高くて立身出世を目指したことがある奴なら、なおさら飛びつくハズだ!」
声を弾ませた。
はぁ??!!
そーいえば、帝が
『大納言と相談して決めた』
ってことは、兄さまが帝に推薦して影男さんを内舎人にしたの?
影男さんがアッサリ私を捨てて、内舎人を選ぶって思ったから?
私から引き離すため?
ムッ!
としてブンブン首を横に振って頬の手を払いのけ
「影男さんを内舎人にしたのは兄さまなのっ?!!
嫉妬して??権力を私的な事に使うなんて!どうかしてるわっ!!」
驚き、あきれ果ててる私の様子を見て、悪びれず肩をすくめ
「私が言い出したわけじゃない。帝が影男に感心なさってる様子だったから、そんなにお気に召したなら内舎人にしてはどうか?と推薦して賛同しただけだよ。」
「ウソっ!!!!
帝に『鶯鶯伝』を献上する前、私と影男さんが口づけしてるのを見た時
『影男の本心を暴いて、浄見に見せてやる!』
て言ってたじゃないっ!!
あの時からこの計画を考えてたのね!
でも、おあいにく様!影男さんは内舎人の内示を断るって言ってたわ!
大舎人のままで、私のそばにいたいんですって!
出世より私を選んだのよっ!!」
フンッ!!
権力で人の心をどーこーしようとする方が間違ってるわ!
私は影男さんの味方よっ!!
傲慢で居丈高な上から目線の権力者の思い通りになんてなるもんですかっ!!
って義憤に駆られたけど・・・・。
よく考えると、私のせい?
影男さんと仲良くしたから?
兄さまがもう一度、私の頬に手を当て、親指で唇をなぞった。
眉根を寄せ、怒ってるような、寂しそうな、傷ついているような表情で
「私は浄見の何だ?影男との仲を裂く悪役か?浄見を無理やりモノにしようとする色狂いの権力者か?
未来の夫、恋人じゃ・・・・なかったのか?
愛しい女子を、恋敵に奪われそうなのに、嫉妬することも許されないのか?」
ギュッと胸が締め付けられ、フワッと緩み、ゾクゾクと愛しさが溢れた。
私はこの人が好き
私の奧の、敏感な部分が疼く。
理屈じゃなく、本能的に、体が反応してしまう。
私こそ、自分が権力者で、兄さまが恋人なら、愛するあまりどんなに愚かな事をしても、最後はきっと許してしまう。
「私を愛するあまり、嫉妬で影男さんを引き離したの?」
唇をなぞる親指の動きに、ゾクゾクとした快感を感じながら、つぶやいた。
「嫉妬深くて、嫌いになった?」
嫌いに?
なれればいいけど・・・・・
苛立つ理性とは裏腹に、体は求めてる。
疼いて、潤んで、ジンジンと痺れる。
触れて欲しい
口づけて欲しい
早く愛して!って
指で、唇で、肌で、触れて!って。
きっと、私は、惚けた、物欲しそうな、恥ずかしい顔をしてる。
でも、頬に感じる手のぬくもりと、唇をなぞる親指の柔らかさに、頭がボンヤリとして何も考えられなくなった。
「浄見、頼むから、他の男に、こんな顔、見せないで、くれ・・」
呟くと、ゆっくりと、玉のような白い頬、細い鼻梁、少し開いた、薄い潤んだ唇が近づいた。
(その4へつづく)