EP354:伊予の事件簿「傾国の鶯(けいこくのうぐいす)」 その7
ひるみそうになったけど、強気に出て
「誰がとかじゃなく!兄さまが私を愛してくれてるって証拠がないもの!
妻にするって約束も口だけだし、文も贈り物もたまにしかくれないし、必要最小限だし、逢いたいって思っても忙しそうだから簡単には逢えないし。
臺与とか他の女子の痕跡だけは次から次へと出てくるし!
そんな人のこと信じることができると思う?口先だけの甘い言葉なんて遊び人の常套句でしょっ!!」
怖い顔で私をジッ見つめてた兄さまがとふぅっとため息をつき
「文は、気の利いた言葉や和歌は思いつかないから送りたくないんだ。
贈り物は、そんな方法で女子を口説いたことが無かったから、浄見が欲しがってるとは思わなかった。
臺与?他の女子?本気で浮気してると思ってるのか?
妻にすると言ったのは嘘じゃない。ただ、安全を確保できないから・・・そうだ!ここならまだマシかもしれない。
今日からここに住めばいい!見張りを増やせばいいし、私も毎日ここに帰ってくるから、一晩中過ごせる!
年子にも使用人にも世間にも伊予は私の妻だと公表する。影男が見張りたいならいてもいいが、ただし、門の外から見張らせる、中には入れない。
もう内裏へ戻らなくていい。今まで不安にさせてすまなかった。ずっとここにいてくれ。」
あまりにも早口に全てを言い終えたので、流暢すぎて逆に疑いたくなった。
私の機嫌を取る方法を前から用意してたの?
「ふ~~~ん。じゃあ、ほんとにずっとここにいようかなぁ~~!」
チラッと上目づかいで見つめる。
目をそらさず、真っ直ぐに見返し、ウンと頷くと
「ああ。ここにいてくれ。ずっと。正式な、私の妻になってくれ。」
目がキラキラしてる。
ウソじゃないみたい??!!
って困る~~~!!!
まだ、茶々や椛更衣と離れたくないっ!!
一日中見張られて、ずっとここにいるなんて、軟禁されてた昔と同じじゃないっ!!
イヤよっっ!!
絶っ対っイヤっっ!!
華やかな宮中の行事も見たいし、市や寺社仏閣とか物見遊山に自由に出歩きたいっ!!
実際に妻になったあとの生活を想像し、ゲンナリして
「やっぱりいいわ!まだ妻になりたくない!妻にしてなんてほんの冗談よっ冗談っ!!もう少し大人になってからでいいからっ!ね?ごめんなさいっ!兄さまの気持ちを疑ったりしてっ!」
手を合わせて謝った。
グイッ!!
荒々しく、肩ごと抱き寄せられ、ギュッ!と抱きしめられた。
「もし私が張生なら、鶯鶯のことを『災となるから』なんて理由で手放したりしない。
妲己や褒姒のような悪女でも、国を滅ぼすまで愛し続けてしまった王たちのように、浄見がもし災難をもたらす稀代の悪女でも、国が滅亡するまで愛し続けてしまうだろう。
彼らに同情こそすれ愚かだとは思えないんだ。」
嬉しいような、居心地が悪いような、信じられないような、複雑な気持ちになった。
顔を胸から離し、玉のように白い精悍な頬に手を伸ばして触れ
「バカげたことを言ってるって気づいてる?」
背伸びして、顔を近づけ兄さまの唇をそっと吸うと、堰を切ったように唇を奪われた。
震えるぐらい豊潤な激情を全身に浴び、濃密な、愛に溢れた夜を過ごした。
その一週間後、
影男さんが、臨時除目で、内舎人に任命されることが決まった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ウグイスって春を告げる優雅な小鳥だと思ってましたが、縄張り内の複数の雌を外部の雄から守るため、必死で一日千回も鳴き続け、子育てが終わる夏ごろには、憔悴しきってガリガリになってもまだ鳴き続けるという狂気じみた生態をテレビで知ってから、すっかり見る目が変わりました!