EP353:伊予の事件簿「傾国の鶯(けいこくのうぐいす)」 その6
帝が清涼殿にお戻りになる際、後ろについて雷鳴壺を出ようとした兄さまの袖を掴み、早口で
「二人で話せない?聞きたいことがあるの!」
兄さまは薄墨色の端正な目元を細め、口の端を少し上げ、はにかむように微笑み
「今夜、大納言邸で待ってる。戌刻一つ(19時)に竹丸を遊義門まで迎えにやるから。」
呟くと、緩んだ頬をキッと真顔になって引き締め、帝について出ていった。
その夜、竹丸に迎えに来てもらい、大納言邸に到着し、主殿に通されると、先日ここで、書棚から『鶯鶯伝』を偶然見つけたんだなぁって思いだした。
それがなければ、影男さんと翻訳作業で長く一緒に過ごすことも無く、兄さまとの関係をもう一度考え直すなんて思いもしなかっただろうなぁと。
兄さまの返答によっては、妻になることも考え直さなくちゃ!
・・・・本当に別れるなんて、できるかどうかわからないけど。
鶯鶯と張生のように愛し合いながらも別れを選ぶなんてこと私にできる?
兄さまは先日のように灯台の明かりで書を読んでる。
私は書棚に近づき、他の書の表紙を見るともなく見ながら
「『埋ずみびや いと長き日を 飽きぬれば 月を待つ身の 西廂の下』という和歌を誰からもらったの?以前の恋人?それともまだ続いてる恋人?」
兄さまに背中を向けてるので見えないけど、立ち上がった気配があった。
腕を後ろから掴まれ、振り向くと真剣な表情で
「何だそれ?聞いたことも無い和歌だ。なぜ突然そんなことを言う?」
筆で引いたような美しい眉をひそめ、私の表情を探るように見ながらも、驚いたように瞬きする。
ふ~~~ん。
やましいのね?
疑念た~~~~っぷりのまなざしと声で
「別にぃ!兄さまから借りた『鶯鶯伝』に挟まってたの。
誰かにもらった恋文を栞にして忘れてたんでしょ?
ちゃんと、『鶯鶯伝』の詩の一部『月を待つ西廂の下、風を迎えて戸半ば開く、・・・・』を利用してるし!その女子から書をいただいたの?」
まさか自分が嫉妬にかられて兄さまに女性関係を問いただす日が来るとは思わなかった。
今までは、そんなことをしてもキリがない!!って半分あきらめてたけど、この先、一生、女性関係で悩むのはやっぱり辛い。
ジトッと陰湿な目で睨み付けてたのに、兄さまは急にニヤニヤとニヤケた微笑みで顔じゅうをいっぱいにしながら
「まさかっ!あれは兵部卿宮からいただいたんだ!『鶯鶯伝』の部分だけを抜粋して写本してもらった。どうしても読みたかったからね。恋文は宮の恋人からだろう。挟んでたのも知らなかったよ!」
面白そうに眉を上げ、ウキウキした声で
「もしかして、本気で妬いてる?浄見が?めずらしいっ!!いつもはそんなこと言わないのにっ!」
頬に触れ、親指で唇をなぞりながら
「過去の女性関係を全部知りたい?妻と別れろとか、全てを浄見に捧げろとか無茶言う?もっと泣きわめいてもいいんだよ!」
はぁ?
バカなの?
嫉妬されてガチギレされてるのに何浮かれてるのっ!!?
ムッ!と頬を膨らませ口をとがらせ
「そんなこというワケないでしょ!子供じゃないんだしっ!!兄さまの女性関係なんて興味ないしっ!!」
嘘だけど。
上機嫌がスッと引っ込み、心配そうな顔になった。
「影男とのことを邪魔したから怒ってるのか?あいつのことが本気で好きになったのか?それなら私は・・・」
「兄さまこそ!どうしていつもそうなの?すぐに私を手放そうとするの?妻にするって言ってくれたけど、そんな気配も無いし、あんまり一緒に寝たがらないし、ホントはとっくに飽きてるの?」
「誰が入れ知恵した?」
ギロっと怖い顔で睨みつけられた。
(その7へつづく)