EP349:伊予の事件簿「傾国の鶯(けいこくのうぐいす)」 その2
影男さんがボソリと
「唐物の書を読むのは久しぶりですので、お役に立てるかどうかわかりませんが。」
尖った顎が咽喉にくっつきそうなほど俯く。
「いいから!私が訳すのを聞いてて、間違ってたら訂正してくれればいいの!ええと、まずこれね、『唐貞元中,有張生者,性溫茂,美風容,內秉堅孤,非禮不可入』」
唐の発音はできないので、読み方は適当。
「で、これの意味は・・・」
チラッと影男さんを見ると、さっきと打って変わって真剣な表情で、書を見つめ目で文字を追いかけてる。
「意味は『唐の貞元時代、張という男がいた。性格は優しく、容姿は美しく、性格は強くて孤独で、礼儀がなければ立ち入ることができなかった。』で合ってる?」
「はい」
「で次は、『或朋從遊宴,擾雜其間,他人皆洶洶拳拳,若將不及, 張生容順而已,終不能亂。』は『あるとき友人たちと遊宴していると、周囲が乱雑になったとき、他の人々は皆激しく拳をふるっていたけど、まるで何もないかのように張生だけは落ち着いていて、終始乱れなかった。』って感じかな?」
影男さんはウンと頷き書から目を離さず
「大体あってますが、『あるとき友人たちと遊宴していると、周囲がざわざわとした雰囲気に包まれ、他の人々は皆、そわそわと落ち着かず、気をもんでいるが、張生だけは落ち着いていて、終始その冷静さを崩すことはなかった。』のように訳すとわかりやすいですよ。『洶洶』は動揺してソワソワしてる感じで、『拳拳』は心を砕いて気を使ってる状態ですかね。」
的確に助言してくれた。
へぇ~~~~!
確かにっ!!
って感心。
影男さんは『篆隷万象名義』ていう空海撰の字書を持ってきてくれた。
こんな感じで知恵を絞って翻訳したけど、途中、難しすぎて意味が分からなくなったり、
「こっちの方がいい訳でしょっ!!」
「いいえっ!絶対っこっちの方が分かりやすいです!」
って双方ゆずらず、結構、揉めたりした。
で、その後も何とか頑張りながら、二人で(ほぼ影男さんだけで?)翻訳を続けたけど、昼餉、夕餉を挟んで、日が暮れて、灯を点す時間になっても全文翻訳には程遠かった。
「ふぁわぁぁ~~~~~~~~っっ!!!終わらないっ!!!ムズイっっ!!意味が分からないところが多すぎるっっ!!訳すのムズすぎるっ!!」
自棄になって後ろにゴロン!と寝っ転がりながら両手を伸ばして伸びをする。
「んんーーーーーーーっっ!!!」
手足を思いっきり伸ばして、一気に脱力っっ!!すると気持ちイイっ!!
影男さんにチラチラ見られてる気がするけど、さすがに一日中一緒にいると作法だとか、女子らしい振舞とかどーでもよくなってくる!
不作法なはしたない女子だと思われてる可能性大。
でも気にせず、手枕をして仰向けのまま
「ん~~!もう今日はここまででいいんじゃない?まだ三分の一?もいってないかなぁ。また明日来てくれるわよね?!ふわぁ~~~~!じゃあ解散っっ!!お疲れ様ぁ~~~!!」
アクビし、ウトウト居眠りしながら言い放った。
影男さんが
「では。また明日の朝。」
字書をもって、スクッ!と立ち上がった気配。
「こんなところで寝ると不用心ですよ。」
静かに呟く。
「ふわぁ~~~~い・・・・」
ムニャムニャ返事だけしてまたウトウトしてると
「房まで送りましょうか?こんなところで寝て、襲われたらどうするんですか?」
「・・・ん~~~、大丈夫だって・・・誰も来ないから・・・・」
・・・だって、ひたすら眠い。
ちょっと寝てから戻ればいいじゃん!
本格的に寝ようとすると、顔に、熱い息がかかるのを感じた。
ビックリして目を開けると影男さんの鼻が、鼻に当たりそうなぐらい近くにあり、大きくなった黒目はギラギラと荒々しい光を放っていた。
浅く速い呼吸にあわせて胸が動くと、体温の高い男性の熱と香と野生的な体臭の混じった匂いが漂う。
「・・・油断しすぎです」
言いながら、すばやく私の唇に、唇を重ねる。
少しカサついた唇を押し当てられ、すぐに舌で舌を絡めとられた。
何度も舌を吸われてるうちに、
上半身を抑え込まれてるなぁ~~~。
って気づいたけど、しばらくそうしてるとウットリ夢見心地になる。
ヤバくない?
「っぅんっ・・・・」
グッと胸を押し、影男さんをつき放した。
「ダメよ。兄さまとも最後まではしてないの」
上気した顔、ギラギラした目でジッと見つめ
「どこまでならいいんですか?」
掠れた声で呟く。
(その3へつづく)