EP346:伊予の事件簿「千古不易の言祝ぎ(せんこふえきのことほぎ)」 その6
内裏に着き、午後になると、帝が帰りを待ちわびたかのように早速、雷鳴壺に御渡りになった。
二人の話を盗み聞きすれば、『帝の密命と仁和寺での椛更衣の夜の物色!』の謎が解けるっ!!
ワクワクして廊下に座り、二人の会話に聞き耳を立てようとした。
帝が私を気にして、椛更衣の手を引いて屏風の後ろにお隠れになり、声をひそめて話合っておられる。
聞き逃してなるものかっ!
決心してコッソリ屏風に近づき、耳をつけんばかりにすると、椛更衣の声で
「『鶯鶯伝』は、上皇の寝所にも、別当の僧坊にもございませんでしたわ!
書庫にもたくさん書がありましたが『尊勝陀羅尼梵字経』とか『孔雀経』とか『法華玄義』とか難しそうなものばかりでしたわ!」
帝が
「う~~ん。表紙は経典で中身は物語というのもあるかもしれない。経典を呼んでるふりをして『鶯鶯伝』を読んでるとか。」
「まぁ!そんな仕掛けがございますの?!主上もなさってるの?ホホホッ!」
楽しそうな会話。
帝は『鶯鶯伝』を手に入れたかったの?
それなら、上皇が隠したい秘密を探ってたワケじゃなさそう。
でも変ね?
周囲の貴族たちに『持ってる?貸してよ!』ってアッサリ聞けばいいのに?!!
なぜコッソリ探るの?
疑問が増えつつ過ごしてると、夕方ごろ影男さんが文を持ってきてくれた。
文を開くと
『逢いたい。
戌刻一つ(19時)に建礼門(内裏の南門)まで竹丸を迎えに行かせる。
時平』
文字を読むだけで、胸が高鳴る。
顔が真っ赤になってるのを影男さんが見とがめて、不機嫌そうにチッ!と舌打ちし、
「大納言からの呼び出しですか?送りましょうか?」
ウウンと首を振り
「竹丸が迎えに来てくれるからいい。椛更衣にお許しをもらってくる!」
サッサとその場を立ち去ることで、影男さんの表情を見ないようにした。
チクチク胸が痛んだ。
竹丸の案内で大納言邸の主殿に通されると、日は沈んで辺りは真っ暗な中、兄さまは灯台の明かりで書を読んでいた。
後ろからそばに近づき、腰を曲げて頸に腕をまわして抱きついた。
「何を読んでるの?」
顔を上げ、目を合わせて微笑み、
「国家儀礼や慶事、災害を記述した国の歴史書だよ。菅原道真公と大蔵善行先生が中心になって編纂してくれてるが、一応私も編纂者として名を連ねているから、努力の痕跡ぐらいは見せないとね。」
「ふ~~ん。じゃあお仕事が終わるまで、私も物語を読んで待ってるね!」
立ち上がり書棚に近づいた。
おいてある数十冊の書のなかから一冊ずつ手に取り、パラパラと中身を飛ばし読みして、物語を選んでると
ギュッ!
お腹を後ろから抱きしめられた。
低くて硬い声で
「仁和寺詣ではどうだった?」
ハッ!として
よくぞ聞いてくれましたっ!!
とばかりにベラベラと、夜中に椛更衣が歩き回り、上皇の寝所と別当の僧坊を物色したことや、帝に『鶯鶯伝』を探すように命じられてたこと、椛更衣の行動を上皇が忠平様に監視させてたことを一気に兄さまに話した。
「で、なぜ、帝は兄さまやほかの貴族に『鶯鶯伝』持ってる?貸して!って頼まないの?」
兄さまは振り向いた私と向かい合って腰に手を回して抱き寄せながら
「それはね、帝は自分の好悪を臣下に見破られて利用されると、国政に響くからだ。
奸臣が帝を手玉に取り、国政を縦に操ることができてしまうから、帝は好みも嫌悪も周囲のものに悟らせてはいけないんだ。椛更衣に探らせて、上皇や別当が持ってると確認してから、それとなく文をお出しになるつもりだったのかもな。」
ふ~~~ん。
素直に行動できないって窮屈!息が詰まりそう!
「じゃあ、椛更衣や帝に知られたくない上皇の秘密って何だと思う?忠平様は教えてくれなかったの!」
兄さまは私の腰から手を放して、腕を組んで考え込んだ。
「仁和寺は宇多上皇が開基となられた寺で、いわば自分の御所だから、気の合う臣下たちと砕けたお話もなさるだろう。
まだ帝であらせられたころ、私にも『承和の故事を奉じるのだ』とおっしゃったことがある。
宇多帝は仁明天皇の承和年間を手本に、宮中での旧い行事である『十四日男踏歌』を年中行事に復活して追加されたり清涼殿の庭を倣って改めさせたりした。
承和の享楽的な文化に傾倒されていたから『承和の故事を奉じるのだ』とよく仰っていたんだ。
だが、これを『承和の変』つまり『承和九年に起きた廃太子を伴う政変を起こす』ととらえれば、上皇は帝を廃し、別の天皇を擁立したいと望んでいるとの解釈もされうる。
仁和寺で群臣たちとの打ち解けた会話のなかで出てきたこの言葉を、別当や弟子がもし文書に記録していたら?
それを理由に上皇は今上帝に対する謀反を画策なされていると取られうる。
この類の危険を察知して、私的な文書を椛更衣に探られないよう四郎を見張りにつけたんだろう。相変わらず慧眼は曇っておられないな。」
は?
たった一言で謀反を企んでるって決めつけられるの??
怖~~~~っっ!!
めったなことを言えないわねっ!!
だから忠平様も教えてくれなかったのね!
反上皇勢力に利用されかねないものっ!!
政治の怖さが身に染みた私は、兄さまの頸に腕を絡め、上目遣いで見つめた。
兄さまの玉のように白い頬が少し赤みを帯び、筆で引いたような切れ長な美しい瞳と少し開いた薄い唇が潤んだ。
「生殺与奪を握る一言って本当にあると思う。
あなたの言葉はいつも、私を有頂天にも奈落の底にも連れて行くから。」
千古の昔から変わらない、愛の言葉をささやいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
千古不易とは『長年にわたって変わらないこと。永遠に変わらないこと。』だそうです!