EP345:伊予の事件簿「千古不易の言祝ぎ(せんこふえきのことほぎ)」 その5
渡殿をしばらく歩いて東の対の屋から充分距離をとると忠平様が
「あのなぁ、誤解するなよ!椛更衣に間男しようとしたわけじゃないからなっ!!」
「別にっ!二人がその気なら邪魔するつもりはなかったですぅっ!椛更衣が一方的に強姦されそうなら飛び出して守るつもりでしたっ!!」
あっ!と思い出して
「あなたを許したわけじゃないからっ!!兄さまに頼まれたから、許したフリをしてあげるっ!!だからってあんまり親しく話しかけないでよねっ!!」
冷たい声で言い放った。
暗くて顔がよく見えないけど、忠平様の表情がシュンとしたように見えた。
声も小さくなり
「実は、椛更衣が帝から命じられていることが何かを知りたいんだ。
寝所に忍び込んだのは、その前に、椛更衣が主殿の塗籠に忍び込んだのを見たからだ。
そしてその後、幽仙律師の書庫に立ち入った。
何かを盗んだならと、荷物の巾着を漁ったが見つからず、寝所に忍び込み、周辺を探ったが何もなかった。
盗みを指示したのでなければ、帝は何を命じたんだ?知ってるか?」
ウウンと首を横に振った。
「内緒だって仰って、私も知らないの。」
ウ~~ンと少し考え、
「そもそも、忠平様が寺を案内してくれたのは、上皇が椛更衣を見張れと命令したからでしょ?
もしかして上皇にとって帝や椛更衣に知られては具合の悪い秘密がこの寺にあるとでもいうの?」
驚いたように目を丸くして私を見つめ、目を細めると口元に笑みを浮かべ
「中々鋭いが、それも秘密だ。」
ムッ!!
誰も彼も秘密だらけっ!!
何も教えてくれないっ!!
それにしても椛更衣が見知らぬ場所を夜中に一人でうろついて物色するなんてっ!!
よっぽど大事な帝の密命??!!!
一体何なの?
何かを探してるの?
何かを調べてるの?
それは上皇が隠したい秘密なの?
気になって眠れそーにないっっ!!
でもやっぱり眠いっ!!
寝ながらゆっくり考えてみよ~~っと!!
「ふわぁ~~~~!もう行くわね!じゃっ!!」
アクビをしながら寝所に戻ろうとした。
グッ!!
袖を掴まれ引き留められた。
「伊予。お前にまた会えて嬉しかった。もう二度と会わないと宣言されてからずっと凹んでた。」
はぁ?
凹んだって言われても、自業自得でしょ?!
ムッとして
「会いたくて会ったわけじゃないわっ!!」
忠平様は眉根を寄せ、痛みに耐えるような顔つきになった。
元からそっくりなのに、兄さまが私を拒絶しようとするときいつも浮かべるのとそのまま同じ表情をされると、自然に胸が締め付けられた。
絶交を言い渡す以前のような、からかうような軽薄な態度が消え失せ、私とのやり取り全てを記憶しようとするかのように神経を研ぎすませている印象があった。
言葉や態度の一つずつに張り詰めた気配が漂う。
袖を握っていた手を放し
「ああ。そうだな。また、偶然会えることを、期待するとしよう。」
『四郎は、本当に浄見を愛してるから』
兄さまの言葉を思い出した。
だからって、
すぐに許せるわけじゃない。
反省したフリかもしれないし。
落ち込んだフリかも。
「おやすみなさい。」
呟いてその場を立ち去った。
ギャッッ!
夜闇を飛び渡る鷺の声が、黒々とした木々に響き、すぐに吸い込まれた。
翌朝、目を覚ました椛更衣が
「さぁ!頭痛も治ったしそろそろ帰りましょっ!!」
の一言で、内裏に戻ることになった。
自分の着付けをしたり、椛更衣が壺装束にするのを手伝ったり、髪を梳かしたり白粉や紅や整髪料で身嗜みを整え、市女笠や化粧品や水筒などの持ち物を巾着に詰めたり、帰り支度を忙しくしてるうちに出発時間になった。
影男さんは牛飼童が牛車を車宿りから引き出すのや牛小屋から牛を引き出してつなぐのを手伝ったり、私たちの荷物を運んでくれたりして、忙しそうにしてたので昨夜の騒動について知ってるかを聞く暇も無かった。
帰り道、牛車に揺られながらのもっぱらの話題といえば、椛更衣が頬を赤らめ
「聞いてくれる?昨夜ねぇ~~、もう少しで夜這いされるところだったの!顔はよく見えなかったけど、たぶんあの人!ウフフッ!」
何だか嬉しそう。
桜はテンションが上がり
「キャッ!!素敵っ!!お相手の男性もなかなかの強者ですわねっ!!帝の妃に間男っ!!
で、どうなったんですか?」
椛更衣が残念そうに
「それが、お断りしたらあっさり引き下がったわ!もう少し手ごたえがあってもよかったんだけどぉ~~!」
私は焦って
「でも、ね?更衣さま?そのお話はあまりなされないほうがよろしいですわ!だって、更衣さまのお名前に傷がつくかもっ!!もう、お忘れになってくださいっ!!」
椛更衣は拗ねたようにプッと頬と膨らませ
「わかってるわ!内裏では絶対にしないし、三人だけだからいいと思ったの!」
ハイハイ。
でもその油断が命取りっ!!
桜が夢見るような目つきでウットリと
「でもぉ~~!物語ではぁ~~帝の妃とイケメン貴族は駆け落ちして田舎へ逃げるけど逃げきれずぅ、最終的には一緒に川に入って儚くなるとかのパターンですよねぇ~~!命を懸けた恋かぁ~~!そんなに夢中になれる人に出会いたいわぁ~~!」
椛更衣はブルブルッ!と身震いして
「いやだわ!川に入って死にたくないっ!!私は帝と添い遂げるんだから!さっきの話は絶対秘密よっ!!」
はぁ~~~~。
ため息。
ぜひそうしてください。
忠平様の将来のためにも。
高貴なお立場なら、二人の男性の間で『揺れる』こともできない。
影男さんのことを思い出し、
またチクチクと罪悪感にさいなまれた。
(その6へつづく)