EP342:伊予の事件簿「千古不易の言祝ぎ(せんこふえきのことほぎ)」 その2
「はぁ?何?急にっ!!」
「今日の事件で決心が固まりました。以前から度々泉丸に不意を突かれ、あなたを危険な目にあわせたことをずっと後悔していました。
護衛という任務をロクに果たせない自分の不甲斐なさに、ついに耐えきれなくなりました。
主が申し出を受諾してくれ、交代を許可されましたので、一週間後には私はここを辞め、後任がここへ来ます。」
ジャリッ!
周囲の人目を避けるため、影男さんの立ってる庭へ飛び降り、ゆっくり話せるように築地塀近くに、腕を掴んで影男さんを引っ張っていった。
声をひそめ
「私の意見は聞いてくれないの?あなたじゃなきゃイヤだって言ってるのにっ!!どうして勝手に決めるのっ!!泉丸に誘拐されるのは仕方がないでしょっ!影男さんのこともバレてるし、対策されてるんだからっ!!そんなことであなたを責めたりしないしっ!!」
確かに、何度も誘拐され、今日も死にかけたけど。
でも、それはあっちが用意周到に計画してるんだから防ぎようがないでしょ!
こっちはいつ誘拐されるか知らないワケだし。
準備できないし。
とにかくっ!!!
影男さんの目をジッと見つめ
「後任の護衛があなたより優秀だと決まったわけじゃないし、私が気に入る人じゃないかもしれないし!辞めちゃダメっ!!」
強めに主張した。
影男さんはふぅっと息を吐き、目をそらしてゆっくりと瞬きした。
硬い無表情の三白眼で虚空の一点を見つめ、引き締まった口元を少し動かし
「私は伴(大伴)という、古い家柄であるのに、この先、出世の望めない一族に生まれました。
文章得業生(文章生の中から選ばれた特待生身分のことであり、成績優秀な者2名が選ばれ、官人登用試験の最高段階の秀才試・進士試験の受験候補者としたもの)のころ、もうすぐ対策に臨もうというとき、主の元へ来ないかと声を掛けられました。
このまま対策に及第し、任官しても太政官は望めない出自であることに絶望していた私は、その名の通り影のように生きる道を選んだんです。
主と初めて対面したとき、その美しさに心を奪われました。
武道の心得も多少あった私に主は、大舎人として娘のそばに仕え守るよう命じました。
彼女の息女ならさぞかし美しいだろう、その姫のそばに仕え守るという役目は、毎日、心が躍るほど楽しいことだろうと思いました。」
主の息女が私?
ということは・・・・やっぱり
母上?
会ったことも無いけど。
表舞台に立てない、日陰者の苦しみは私にもわかる。
ずっと存在を世間から隠されてきたから。
今でも偽名を名乗るしかないし。
本当の私はこの社会に居場所が無い。
その後しばらく沈黙した影男さんを促すために
「で、どうだったの?期待はずれの姫だった?守るのは楽しくなかった?」
茶化すように意地悪く口をとがらせる。
影男さんは眉根を寄せ、三白眼の黒目が大きくなり、苦渋に満ちた表情で
「それどころか、苦痛の連続でした。」
は?
何ソレ?
私ってそんなに苦労かけたかな?
確かにバカみたいに誘拐されてるけどっ!!
私のせいじゃないしっ!!
でも一応・・ペコッと頭を下げる。
「ごめんなさい!ええと、軽率な行動が多くてっ!!すぐに市とか出かけ先で誘拐されるのよね!」
影男さんは驚いたように目を丸くし、また苦痛の表情に戻り
「違います。問題は私にあったんです。
非常時に冷静でいられなくなるほど、あなたを好きになったのが悪いんです。
大納言と二人でいるところは見ていられないほど。
そして、そのことで思い悩むうちに失敗が多くなったんです。
あなたを本気で好きにならなければよかった。
二番目の男では我慢できなくなったんです。いっそのこと遠く離れて、全てを忘れてしまいたい!」
ギュッ!
胸が締め付けられた。
そう言われても・・・・
私には兄さましかいない。
本気で愛せるのは、彼だけ。
俯いて黙り込むしかなかった。
引き留めても、想いに応えられない。
そこまで自分勝手ではいられない。
でも!!!
許されるなら、甘えてもいいなら、影男さんにそばにいて欲しい。
「私は・・・それでも、影男さんに守って欲しい。もう会えなくなるのは寂しい。時々は、添い寝とか?して欲しいし。」
あざとくて、ワガママ。
愛されることに甘える、嫌な女。
だけど、これが正直な気持ち。
影男さんが腰を曲げ、俯いた私を覗き込み、目を合わせた。
「あなたの心の奥に、少しでも私を入れてくれますか?」
ドキッ!
言われて初めて気づいた。
焦って顔を上げ、横を向き、口をとがらせて呟いた。
「身辺警護をやめないでくれたら考えるわっ!!」
影男さんが壁に手をつき、私を押し付け、腕と身体で囲った。
耳のすぐ横に、血管が浮いた筋肉質の腕が見える。
厚い体躯から発散する熱と男らしい体臭を感じる。
どうしていいかわからなくなって、また俯く。
唇をすくい上げるように、唇を重ねられ、あごを指で支え上を向かされた。
たどたどしい、オズオズとした、舌の動き。
遠慮がちに、ゆっくり、舌を絡めとる。
「っんっっ・・・っふっ!」
私の喘ぎ声に反応して、速く、激しくなるところも
兄さまの口づけと似てる。
優しく、少しでも、傷つかないように。
壊れ物を扱うように、丁寧に。
愛されてると実感する。
初めて、気づいた。
影男さんは、とっくに、私の心の奥にいる。
頭の中が痺れるような
快感に溺れながら、
初めて、本当の浮気の、罪悪感を知った。
(その3へつづく)