EP336:伊予の事件簿「応天門の彗星(おうてんもんのほうきぼし)」 その2
結局、寝坊して同僚の桜にたたき起こされた私は、寝ぼけながらその日の女房の務めを果たした。
陰陽寮の占いで許された湯浴みの日だったから、椛更衣のお世話や、自分の湯浴みで忙しく一日が過ぎた。
う~~~ん!
私は髪まで洗ってスッキリっ!!
実は私の髪は肩までしかなく、背中やお尻まで届く長い豊かな黒髪を誇る女房たちや后妃さまたちとは違って極端に短い。
これは現代の常識からすると恥ずかしいことで、女性としての魅力は半減。
まぁ、伸びないし仕方ないよね!ってあきらめ半分だけど、普段は髢(付け毛)を地毛の先に括り付けて長く見せてる。
でも、短いから、髪を洗うときや少年風従者姿で角髪を結うときは楽ちん!
髪の長い女性は洗うのと乾かすのとで一日がかりになるから大変!
男装することも常識外れだから、そもそも『変人』の自覚は十二分にある。
その私に常識的な理想の女性像を求めるなんてムリっ!!
いいのいいのっ!別にっ!変人でもっ!!
兄さまさえ気にしなければっ!!
・・・・気にしてないよね??!!
多分・・・・
大丈夫かな?
夕餉も食べ終わり、清涼殿に召された椛更衣には桜がお伴したので、私は自由時間になり、桐壺へ出かけて茶々とおしゃべりすることにした。
しばらく世間話をしてると、アッ!と何かを思い出した茶々が突然、大きい口を小さくすぼめ、深刻な顔つきでヒソヒソと
「ねぇ、桐壺の大舎人や女儒が噂してたんだけど、昨夜、朝堂院の入り口にある応天門の楼上から青い光が出てるのを見た人がいるんですって!」
えっ?
応天門の二階?って、登れるの?
登れるなら、そこから見た景色ってちょうど夢で見たのと同じかも??!
青い光?
ほうき星と何か関係があるの?
気になりすぎて前のめりになる。
「えぇっ!!青い光?不思議~~~っ!何?何だったの?何があったか調べたの?原因は?」
茶々が険しい表情のまま首を横に振り
「さぁ?昨日の今日だから何も分かってないんじゃない?
応天門と言えば、確か『応天門の変』で放火されて焼失したのを三十年ぐらい前に再建したのよね?犯人とされた伴善男とか長男・中庸とか、他にも流罪にされた伴一族の恨みが怨霊の人魂になって現れたとか?」
はぁ?
三十年以上も前の恨み?
しつこくない?
思いついたことを口に出す。
「えぇ~~とぉ、じゃあ恨む相手は源信さまの子孫?じゃなくて藤原良房さまの一族?・・・ってことはその後継の基経さまもだから、まさか、時平さまも含むの?あっ!それとも応天門放火を目撃したと密告した大宅鷹取の子孫?が大内裏の官人にいるのかな?」
伴っていえば、影男さんの名前って、たしか伴影男だよね?
ってことは伴善男の子孫とか?
はははっ!まさかね?
もしそうだとしても恨みとか誰にも無いでしょ?
そんな風に見えないし。
それにしても誰の命令で私を守ってくれてるのかは、いまだに不明だけど。
茶々と別れて、桐壺から雷鳴壺へ戻る途中、使われてない梅壺に差し掛かると、北廂(北側の廊下)を東西に行ったり来たりしてウロウロする宿直衣姿の公達の姿があった。
ハッ!
自分では、きれいさっぱり忘れたと思ってたのに、むきだしの白い形のいい乳房と、白い肉付きのいい細い脚、開いたその脚の間に座る白い小袖の後ろ姿を、瞬間的に思い出した。
臺与と睦み合う姿を私に見せたのは忠平様に脅されたからだってわかってるけど、
私を上皇から守るために、強制されて臺与と関係を持ったんだってわかってるけど・・・。
私に気づいた兄さまが立ち止まりジッと見つめる。
冠からこぼれる後れ毛が額にかかり、青白い肌にも艶がない。
今日も忙しかったの?
体調は大丈夫?
疲れがたまってるの?
無限に心配になる。
筆で素早く引いたような眉と、薄墨色の切れ長な目元が見とれるほど美しい。
痛みに耐えるように眉根を寄せていても、静謐な美貌が崩れることはない。
背筋の伸びた真っ直ぐな姿勢と同じように。
ゆっくりと近づいてきた兄さまから目をそらして背を向け、慌てて几帳と屏風を動かして、手早く房を作った。
ふぅ~~~~っ!
一旦、息を吐いて落ち着き、心を決めて振り返った。
ニッコリと微笑み
「ここで話しましょう!?」
(その3へつづく)