EP334:伊予の事件簿「撫子の兵法(なでしこのへいほう)」 その8
ツバを飛ばして啖呵を切る!
「やれるものならやってみなさいよっ!!
もしそんなことをしたら、上皇の元に連れて行かれたとたん、
『実は失踪した直後、上皇侍従・藤原忠平様に誘拐され、それ以来、今までずっと、狭い小屋に軟禁されて、好きな時に好きなだけ弄ばれた。誘拐を時平様の犯行に見せなければ殺すと脅された。』
と泣きながら訴えてやるっ!!
万が一疑っても、嘘をつき続ければ、上皇は最後にはあなたと私のどちらの言い分を信じるかしら?
『忠平様は私にした事を反省して、私を上皇の元へ返したけれど、辛かった記憶はこの先ずっと消えないし、一生苦しい思いをしなければならない。今でも忠平様を恨んでる』
って言えばあなたの将来はどうかしら?
今のように上皇の腹心の部下でいられるかしら?
それとも最悪、何かの罪を着せられて『島流し』になるんじゃない?」
忠平様は悔しそうにギリギリと奥歯を噛み締め、こめかみに血管を浮き立たせていた。
握りしめたこぶしをブルブルと震わせながら
「さぁ、そうなるかどうか、やってみないと分からないが。いいのか?本当に上皇にお前を渡しても?兄上と一生会えないぞ。」
静かな声で脅す。
「やってみなさいよっ!!上皇に命を懸けて訴えて、兄さまだけは守るわっ!!
あなたを極悪非道な誘拐犯人に仕立てることに良心の呵責を覚えるとでも思ったら大間違いよっ!!」
忠平様は観念したようにふぅっと息を吐き、扇で頭を掻きながらニコッと微笑みを浮かべると
「伊予。私が悪かった。謝るから許してくれ。お前を上皇に売ったりしない。
兄上を危険にさらす真似はしないし、お前との仲を引き裂いたりもしない。
誓うよ。
だからどうか、怒りを収めてくれ。」
ホントに?
疑いの目で見つつ
「もう臺与を兄さまにけしかけない?余計な事を誰にも言わない?何も企まない?」
忠平様は扇を手のひらにトントンと打ち付けながら
「ああ。誓うよ。伊予にそんなことをされれば、私の身が危ない。それは明らかだ。
『浄見』の居場所は上皇に、今後一切漏らさない。」
口元に笑みを浮かべつつも、鋭いまなざしは相変わらずで、私を見つめ続ける。
ホッ!
緊張がとけ、肩の力を抜いた。
話が終わったので帰ろうと背を向けると、言うべきことを思い出した。
「あぁ、そう、言い忘れたけど、もう文も贈り物も今後一切、受け取らないから。
あなたと会うのはこれで最後。お互い別の道を進みましょ?
二度とこんな風に憎しみ合いたくないの。」
横目でチラッと睨む。
忠平様は刹那にギュッと眉根を寄せ、不意打ちで鋭い刃物に体を刺し貫かれたかのような、苦痛の表情を浮かべた。
茫然と立って忠平様の様子を窺う影男さんの袖を引っ張り、
「帰りましょ!もう二度とここに来ることは無いわっ!」
促すと、忠平様が悔しそうにボソッと
「影男は始めから私が臺与に恋したフリをしてることを知ってた。
二人で臺与に夢中なフリをして伊予を嫉妬させようと約束していたのに裏切ったんだ。
お前を騙したことに変わりはない。私と同じ穴のムジナだ!」
ムッ!として
「バカね!全然違うわ!影男さんは私のことを一番に考えてくれるし、嫌がることは絶対にしない!
兄さまを貶めることはしないわっ!!
本当に愛するってそういうことでしょ?
だから、兄さまの次に好きな人を選ぶとしたら、私は影男さんを選ぶわ!
行きましょう!」
もう一度袖を引っ張り、促した。
忠平様が皮肉気に口元をゆがめ
「影男、お前と組むんじゃなかったな。『反客為主の計』とはこのことだ。」
(*作者注:「客を返して主と為す」敵にいったん従属あるいはその臣下となり、内から乗っ取りをかける計略。)
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ここで使用した『兵法三十六計』は1941年に発見された兵法書で、時代に合いませんが、内容は様々な時代の故事・教訓から引用されているらしいので、ネタにさせていただきました。
どんなにその場しのぎの方法でも、名付ければ案外『立派な計略だ』と押し通せるのでは?と思いました。