EP333:伊予の事件簿「撫子の兵法(なでしこのへいほう)」 その7
忠平様は目を丸くし、驚いたようにパチパチとかるく手を打った。
「見事な計略だな。上皇を使って兄上の動きを殺す。まさに『借刀殺人の計』だな。そして兄上という燃料の薪を抜いてしまえば、伊予の恋心の沸騰は止まる。伊予は誰にでも身を任せるだろう。これは『釜底抽薪の計』だ。どうだ?よく練られた策だろ?ハハハッ!褒めてくれて構わないぞ!ああ、それと、藤原元佐を訪ねて他の計略も聞いただろ?全部うまくいくはずだったが、最後に見破られたなぁ。残念!!」
目をギラギラ光らせ睨み付けるけど、口元は歪めてニヤッと笑い、謀略を心底楽しんでいるように呟いた。
怒りで声が震えるのを必死で押さえ、低い声で言い放った。
「このごろすっかり大人しくて優しくなったと思ってたのに、やっぱり人を謀略にかけて貶めても平気な人だったのね!!以前と全く変わらない、天邪鬼で奸智に長けた、ずる賢い人ねっ!!」
肩をすくめ
「いくら手練手管をつくしてもお前が靡かないから仕方ないじゃないか!手に入らないなら上皇に売っても同じことだ。兄上のものだろうが、上皇のものだろうが私には同じだからな。それならいっそ、それを餌に兄上を脅してみた方がお前が手に入る可能性があると思ったんだ。もう少しだったのに!」
非道いっ!!!
自分のものにならないからって!
「わっ私の幸せはどーでもいいのっ??!!私が上皇に一生軟禁されて、兄さまと離れ離れになって、苦しい思いをしても平気なのっ!!」
泣きながら叫んだけど、よく考えればそうよね。
忠平様の気持ちもよくわかる。
手に入らない宝物ならどこにあっても同じ。
もし逆の立場で、兄さまと結ばれないとしたら、誰のものでもいいし、関係ない。
いっそ、目の届かないところにあったほうが楽になるかも。
でも、私はやっぱり、きれいごとではなく、兄さまの幸せを願う。
兄さまが幸せなら、私じゃなくても、兄さまが愛する人と結ばれて欲しい。
本当に愛するってそういう事じゃないの?
「よーーくわかった。
あなたは私のことなんて本当に好きなわけじゃない。
ただ単に手に入らない玩具だから欲しがってただけよね?
ふん!そんなのはじめから知ってましたけどっっ!」
べぇっ!
舌を出して怒らせようと煽った。
忠平様は声を出して笑いながら
「はっはっは!だったらどうするというんだ?
兄上が臺与を何度抱いたとしても離れないとでも言うのか?
あぁ、もうお前に計略を見破られたからには、私のものには絶対にならないんだったな。
じゃあ晴れて正々堂々と上皇に告げ口することにしよう!お前が上皇の元を逃げ出して以来、ずっと兄上に匿われ、偽の身元と名前で宮中に上がっていたことを!
世間に明るみになれば、どれだけの罪が重なるのかな?
帝を欺いた罪、上皇を欺いた罪、女房の身元を偽った罪、上皇の女子を誘拐した罪。
何より上皇の怒りから想像するに、兄上の将来も怪しくなる。
罪をでっちあげられて軽くても降格、最悪、『島流し』でもおかしくない。
ハハハッ楽しみだなぁ!兄上の苦痛に歪んだ顔を見るのは、爽快だし、留飲も下がる!久しぶりにいい気分になれるよっ!!」
頬を染め狂ったように高らかに笑う。
クイクイ!
私の袖を影男さんが引っ張り
「ここはひとつ穏便に済ませ、上皇侍従に謝った方がいいのでは?このままでは本当に最悪の事態になりかねません。
あなたは上皇に軟禁され、大納言は地位を失い島流しなんてことになれば最悪の結末です。
そう考えると、上皇侍従を手玉にとっておいた方が、今後なにかと有利になるのでは?
今すぐ謝罪して篭絡したほうがいい。」
ヒソヒソと真剣な顔でバカげたことを言う。
過去最大の
『フンっ!!』
私を侮るな!顔で大きく鼻を鳴らし、袖から影男さんの手を振りほどき、忠平様を睨み付けた。
(その8へつづく)