EP330:伊予の事件簿「撫子の兵法(なでしこのへいほう)」 その4
アレ?
でも、影男さんもたしか『臺与に夢中になって恋人にした』んだっけ?
おかしいとまで言い切るのはダメ?
チョット反省し、
「ええと、臺与のことを悪く言ったつもりはなくて、その、私には臺与の魅力がイマイチよくわからないけど、男性にはモテるのよね?影男さんも一時期、夢中になってたし。どんなところがいいの?忠平様は過去の辛い経験を乗り越えたところが健気で愛おしくて、これからは幸せにしてあげたいと言ってたけど、影男さんも同じ?」
上目づかいで様子を窺う。
影男さんは平然と
「私は彼女の逞しいところに惹かれました。悲惨な過去を乗り越えたおかげかもしれませんが、自分のもてる能力をすべて発揮し、どんな手を使っても幸せになるという強い意志と行動力に感動したのです。身体を張り人生を賭けて磨いてきた説得力で萄子更衣を説得し、萄子更衣は身元を偽った罪を許し、臺与は改めて藤原何某の養女という身分で、女房として宣耀殿に勤める事を許されたそうです。」
私もウンウンと納得。
「そうよね!それは凄いと思う。私なら辛い状況からとっくに逃げ出して川で死体になってるかも。その強さに惹かれたのに結局は忠平様に譲ったの?」
影男さんが私の目をマジマジと覗き込み、こいつ大丈夫か?といわんばかりの顔つきをするので
「な、何?顔に何かついてるっ?」
焦ると
「言ったでしょう?何かと手のかかる姫を守らなければならないので、恋愛をしてる場合じゃないと。」
ハイハイ。
ごめんなさいねぇ~~~。
「あのっ!でも、私が宮中とか絶対安全な場所にいるときは、守ってくれなくていいわよっ!ありがとうだけど。時々は恋人?臺与?誰でもいいけど、と楽しんでねっ!」
グッ!
手を前に突き出し、私の両頬を鷲掴みにするので、痛いし、口がタコみたいになって変な顔になる。
「何よっ!!痛いでしょっ!!何か文句あるのっ!!!変な顔になるからやめてっ!」
口をとがらせて、ブウブウ不満を鳴らす。
影男さんはそれを無視して、真面目な顔で睨み付け
ギュッ!
鷲掴みの指にさらに力をこめ
「ふむ。誰が何を企んでいるのか?唐の国の戦略に詳しい藤原元佐辺りに訊いてみますか?」
痛っい!ってーーーっっ!!
もうっ!!!
というワケで、次回の漢文研究会のとき、影男さんも出かけて藤原元佐さんに相談することになった。
この頃の『漢文研究会』は茶々の妹の麻葉とその恋人が真面目な勉強に耐えられないからといって抜け、私と元佐さんと茶々と恋人の只野だけになった。
今回はさらにひどく、茶々は元佐さんの屋敷に着くなり只野とどこかへ出かけていなくなってしまった。
なのでさっそく侍所で待機してた影男さんも主殿に呼びよせ、元佐さんに相談することにした。
私が相談があるからと元佐さんに持ちかけた時はニコニコと満面の笑みを浮かべてたのに、影男さんが合流したとたん不機嫌そうになった。
でも、上目遣いで、困ったように
「ええと、戦略について聞きたいことがあるんだけど」
呟くと、白いぽっちゃりとした頬に笑窪を作って満面の笑みに戻り、
「何でも聞いてくださいっ!!私を頼りにしてくれてうれしいですっ!!あらゆる先人たちの知恵である陰陽家・儒家・墨家・法家・名家・道家・縦横家・雑家・農家・兵家の十一家つまり諸子百家の理論書、歴史書からの故事やとくに軍略・兵法を聞きたいんですよね?それに精通した博学多才の『知の巨人』とみなされてるってことですものね?でも、まだまだ浅学非才の身ですし、すべての書に目を通したわけでもなく、大学の勉強もおろそかにするわけにもいかないので、どうしたって趣味の『知の探究』は片手間になりますし、それこそ生涯をかけた題材ですし・・・・」
あーーーっっとぉ!
長くなりそうなのでいい加減なところで遮らなきゃ!!
「あのっ!!ええとっ、そうっ!!そうそう、知り合いの女房で、阿波という子が経験したことなんだけどね、・・・・」
私の名を出さず、阿波という架空の女房が経験したこととして、モチロン大納言じゃなくある公卿と言い換えて説明した。
「でね、阿波の恋人のある公卿がその女狐にはめられたのかもって思ってるんだけど、どういう戦略かな?」
「う~~~ん。まず敵は誰で何を目指してるんですか?それが分からないとどの戦略かの推測ができません。」
元佐さんが唸りながら腕を組んで呟く。
影男さんが前のめりに話しかけた。
「おそらく、女狐の恋人・吉備彦という男が企んだことです。」
は?
吉備彦って誰?
(その5へつづく)