EP329:伊予の事件簿「撫子の兵法(なでしこのへいほう)」 その3
忠平様は青ざめたまま、重い口調で
「ああ。それでも臺与が好きだ。臺与を妻にしたい。好色で男を次々と誘惑するような女子でも、愛してるんだ。それに、彼女は望んでああなったわけじゃない。不安定で過酷な生い立ちが彼女をそういう人間にしてしまったんだ。男に色目を使う事が生き延びるために必要だったんだ。兄上の権力と安定を望むのは彼女のせいじゃない。それをすべて理解したうえで、彼女を愛しいと思ったし、守ってやりたいと思ってるんだ。私が出世し、権力を得れば守ってやれるし、臺与だって兄上を諦めるだろう。彼女にはもう二度とひもじくて惨めな思いをさせない!」
う~~~ん。
立派な決心!!
感動!
臺与、よかったわねっ!!
いい男性が現れてっ!!
ちょっとやそっとぐらいの浮気じゃ、忠平様に嫌われないわねっ??!!
安心して浮気し放題・・・・って、
兄さまは絶対ダメーーーーっっ!!!
複雑な心情を乗り越えて、臺与を愛する決心をした忠平様に比べて、目先の浮気を許せない安易な私は凹みきって、沈んだ口調で
「忠平様は割り切って、臺与を許せるのね?偉いと思う。
でも、私は・・・・兄さまに恋人や妻がいることは知ってたし、頭では理解できたけど、いざ直接、目で見ると、思ったよりショック。
二人だけの秘密だと思ってた、恥ずかしいことも、他の女性ともしてたんだとか、もっと親密になってたんだ、とか。
私に言った甘い言葉も、他の人にも言ってるだろうし、兄さまのことは・・・・もう何も信じられない。」
でも、結局
それでも好き!そばにいたい!
と思えるかどうかよね。
私に対する言葉や態度の
全てが嘘だとしても、時平様の
妻になりたい?
自問自答する。
みぞおちの奥がギュッと締め付けられる。
息が苦しくなる。
大内裏の陽明門まで送ってくれた忠平様に
「恋人が好色な浮気者っていう欠点がある同士だけど、お互い頑張ろうね!」
ポンポン肩を叩いて、励まし合って別れた。
雷鳴壺に帰ってこの先どうするか?をゆっくり考えてみる。
やっぱり、
『一旦、落ち着いて、兄さまに問いただしてみる。』
うん。
これよね。
最初にすべきことは。
文を書くことにした。
その内容はだいたいこう。
「先ほどは、大事な秘め事の最中に闖入し、挨拶もせず立ち去りまして、まことに失礼なことをいたしました。
今まであまりにも、私に好くしてくださっていたので、時平様には、妻の他にも恋人がたくさんいらっしゃることを、もう少しで忘れるところでした。
さて、一応、確認しておきたいんですけど、本当は、臺与に脅されたりして、関係を無理やり強要された、とかじゃない?
世間にバラしたら兄さまの地位が危うくなる秘密を臺与が握ってて、それと引き換えに臺与と恋人になるように強いられたとか?
それとも私を傷つけて別れさせなければ、兄さまか私の身の安全は保障しないって言われたとか?
要するに、やむを得ない理由があって、臺与とそーゆーことをしてたの?
それをわざと私に見せたの?
ハッキリとした返事を下さい。
そうでなければ、貴方とこの先の関係をどうするかの決断もできないので。
伊予」
この文に対して返ってきた返事は
「やむを得ない理由なんてない。
臺与という恋人が新たに一人増えただけだ。
嫌なら別れてもいい。
時平」
素っ気無い返事に、胸がつぶれそうに苦しくなった。
文を届けてくれた影男さんが、落ち込んで、涙を目に浮かべてる私を見て、三白眼の黒目を大きくして、眉間にしわを寄せ不安そうに見つめ
「何があったんですか?」
口にも出したくない話題だったので、目をそらし、パチパチと素早く瞬きしながら
「読んでもいいわ。」
文を渡すと、カサカサ開き、ザッと目を通すと
「ふうん。そうですか。でも、大納言は伊予さんと付き合いだしてからは、好色にふけることはめっきり無くなったはずですがね。」
ハッ!
やっぱり!
怪しい?
誰かの企み?
一縷の望みにすがるように、
「ね?!影男さんもそう思う?兄さまが臺与に夢中になって恋人にするなんておかしいと思うでしょ?裏があると思うでしょ?」
(その4へつづく)