EP328:伊予の事件簿「撫子の兵法(なでしこのへいほう)」 その2
顔をのぞかせた臺与は、少なくとも上半身の肌は露で、形のいい、茶碗のように盛り上がった、白い、片方の乳房が、兄さまの背中越しに見えた。
臺与が開いた脚の間に、兄さまが、さっきまで抱き合っていたかのように膝をついている。
何?
私は何を見てるの?
何が起こったの?
二人で?
何をしてたの?
嘘でしょっ???!!!!
茫然として何も言えず立ちすくんだままの私を見た臺与が
「あら?伊予さん?フフフッ!いいところにいらしたわね?ご一緒にどう?あなたも大納言様の元恋人でいらしたでしょ?もちろん忠平様も一緒に楽しみましょうっ!!フフッ!!」
上気した表情で、潤んだ唇に微笑みを浮かべ、艶っぽい声で話しかけた。
ほの紅く染まった頬と、目じりの下がった瞳にかかる睫毛が、官能の余韻をおび濡れたような漆黒に輝き、二人の情事が濃厚で親密だったのを物語っていた。
はぁ??!!!
一緒に?って・・・・
どーゆー意味?
兄さま?
嘘でしょ?
そんなことしてないわよね?
もし・・・そうだとしても、
何か理由があるんでしょ?
言い訳してくれることを祈りながら必死で見つめると、兄さまは眉根を寄せて目を伏せ、蒼白で、硬い表情のまま、床の一点を見つめ続けている。
目を合わせてもくれない。
忠平様が吐き捨てるように
「伊予っ!ここから出ようっ!!汚らわしくて気分が悪いっ!吐き気がするっ!!昼間から?信じられないっ!!何を考えてるんだ!まるで畜生だなっ!!」
私の肩を抱いて、地獄のようなそこから連れ出してくれた。
大内裏へ帰る方向へ、トボトボ歩く私に、忠平様が苛立ったように
「全くっ!!なんて奴らだっ!!臺与があそこまで放埓な女子だとは思わなかった!!昼間から、人の屋敷で、だなんて!しかも呼び出しておいて、他の男と目合うだなんてっ!!あんなにふしだらな女子だったとはっ!!信じられないっ!」
さっきからずっとこの調子で怒りを吐き出し続けてるけど、私はまだショックから立ち直れず、一言も発せず、黙ったまま歩き続けた。
「なぁ?伊予?大丈夫か?兄上にも困ったものだな。まだ女遊びの癖が抜けて無いようだ。伊予と付き合う前はあれが普通だったらしいから、昔を思い出したんだろ。まぁ好色な質の男なんてあんなもんさ。一人に期待しすぎると酷い目に遭うってことがわかっただろ?」
ムッ!
としてキッ!と睨み付け
「忠平様っ!!何か企んでるでしょっ!私が兄さまに愛想をつかすようにっ?!あなたが仕組んだのねっ!!」
そーよっ!!
兄さまがあんなことを私に見せるわけないっ!!
おかしいと思ったのよっ!!
絶ーーーーーっ対!忠平様の悪だくみよっ!!
「秋の七草だって、私が嫉妬するようにってわざと臺与の名前を書いて私に送り付けたんでしょ?撫子色の鈴だって、『魔除けの鈴としてずっとそばにいたい』とか言って、まだ私をどうにかしようとしてるんでしょっ!!だからっ、兄さまをだましてあんなことをさせたのねっ!!」
忠平様が心底驚いたような表情で、口をポカンと開け
「はぁ?そんなわけないだろっ!!薄紅色の撫子は私が好きな花だから、好きな女子ができるといつもそれに喩えるんだっ!!伊予だけを撫子に喩えたわけじゃないっ!!勘違いするなっ!うぬぼれもいい加減にしろっ!!お前のことなんてとっくに忘れてるさっ!!
それよりも臺与に裏切られたことがやり切れないんだっ!彼女ははじめて生涯を共にしようと誓った相手だったのにっ!!彼女の悲惨な過去も、男癖が悪いところも全て受け止めて許し、愛したのにっ!!!こんなにも、こんなにも早く裏切られるなんてっ!!!」
泣き出しそうな、切なそうな表情で吐き捨てた。
そうだったの?
まだ私のことを好きだと思ったのは勘違い?
恥ずっっ!!
うぬぼれが過ぎたわっ!!
反省。
「じゃあ、信じた恋人に裏切られたという立場は同じね?でも、臺与の本当の狙いは兄さまだって知ってた?それでもいいの?好きなの?」
(その3へつづく)