EP327:伊予の事件簿「撫子の兵法(なでしこのへいほう)」 その1
【あらすじ:私との熱愛真っ只中だと思ってた時平様と女狐みたいな同僚の女房の濡れ場を目撃してしまった私は、ショックのあまり現実を受け入れられない。絶対、腹黒い誰かの悪だくみだ!と決めつけて、その目的と計略を探るけど、知識が皆無なので専門家に聞いたほうが手っ取り早い!唐の歴史に詳しいオタク貴族の友人と力を合わせて、敵の戦術を見破り、さらに反撃の秘策を思いついた。『目には目を』で、やり返す私は、今日も百戦錬磨の恋愛戦術家を目指す!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
灰色の雲が空一面に広がり、さっきまでの底の抜けたような青空を覆い隠した。
あまりにも長く続いた酷暑のせいで、雲の隙間からのぞく日差しにすら、肌を焼かれるような感覚に忌避感を覚えた。
今朝、兄さまから受け取った文に書いてある通り、指定された時刻・未一つ(13時)に枇杷屋敷を訪れた私は、東門の前で立ち止まり、少し悩んだ。
う~~~ん。
枇杷屋敷は忠平様のお屋敷よね?
なぜ兄さまがここへ私を呼び出すの?
でも文の筆跡は兄さまのものだし、忠平様の企みとかじゃないわよね?
門から中に入ろうかどうか迷っていると、後ろから
「伊予?ここで何してる?」
振り向くと、忠平様が立ってた。
「えぇっ?ーーーっとぉーー、実は兄さまに呼び出されたの。忠平様は?あ、自分のお屋敷に帰ってきただけ?」
忠平様はウウンと首を横に振り、袂から文を取り出して文面を見せ
「臺与から今日、この時刻に、ここで待ってると呼び出されたんだ。その、管理の雑色には、臺与にも好きなようにこの屋敷を使わせるように言ってあるから。」
私の様子を窺うようにチラッと見る。
忠平様は確か、今は私ではなく臺与に夢中・・・・なのに、秋の七草を間違えて私に贈ってきたり、撫子色の鈴を贈ってきたり、挙動がおかしい。
私的には忠平様が誰とどうなろうと、あまり興味がない。
乗り換えてくれてホッとしたというか、高価な贈り物とか色々してもらうことには罪悪感だらけだったので、むしろ安心した。
だから、忠平様にも気にしてないことをちゃんと伝えなきゃ!
たとえ新しい恋人があの『魔性の女子』・臺与でも。
ニッコリ上機嫌にほほ笑み
「じゃあ私はもうここへは来ないようにするわね?!臺与が気を悪くしてはいけないから!そろそろ、中に入ってみてもいい?兄さまを待たせてるかもしれないし。」
忠平様がウンと頷き、一緒に門から中に入り、履物を脱いで渡殿に上がる。
主殿へ急ぐ忠平様の後を遅れないようについていった。
ええと、今気づいたけど、もしかして臺与と兄さまは今、同じ対の屋に二人きりってこと?
イヤイヤ!
別の対の屋にいるかもだし、考え過ぎよっ!!
忠平様が主殿の御簾の前で立ち止まると、振り向き『しっ!』と口に指を当てて
「声がする。話声・・・・とは違う」
御簾に耳を押し当て、てもスケスケなので変わらないんだけど、中の物音に耳を澄ます。
「あ・・・・っんっ・・・・、そうよっ!!とき・・ひら・・・さまっ!いいっ・・んっ!」
女性の途切れ途切れの声と、ハァハァという男性の荒い息遣い。
明らかに喘ぎ声??!!!
アレのときの???!!!
まさか・・・・・
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、忠平様の顔を見ると、血の気が引いた蒼白な顔だった。
ヒソヒソ声で話しかける。
「どうする?引き返す?それとも・・・・」
ザッ!!
忠平様が怒りで腕が痙攣したように勢いよく御簾を跳ね上げ中に入った。
私も恐る恐る御簾をたわめて入った。
屏風と衝立で仕切られた空間があり、忠平様がスタスタとそこへ近づき、衝立を
グイッ!
よけると、小袖姿の男性の四つ這いになった背中が見えた。
その男性の両脇には、膝をたてた、細い、それでもふくらはぎはムッチリと肉のつまった、すべすべとした白い脚だけが見える。
小袖姿の背中を向けた男性が這いつくばった体を起こしゆっくりと振り向く。
同時に、白い脚の持ち主が上半身を起こして、男性の肩から横に顔をだした。
硬い、低い、なつかしい男性の声で
「何だ?邪魔するとは野暮だな。」
怒ったような険しい表情で眉根を寄せ、振り向いたのは、紛れもなく兄さまだった。
(その2へつづく)