EP325:伊予の事件簿「魔性の霊鈴(ましょうのれいりん)」 その9
スッ!
兄さまが几帳をずらして入ってきた。
その優雅な身のこなしに、見とれる暇もなく、臺与が頭のてっぺんから出したような高い声で
「あぁっ!!お兄様っ!いらしてくれたの?お会いしたかったわ!臺与はずっと、お兄様だけを愛していますっ!」
なよなよと横に崩れ落ち、両手で体を支え、タレ目の上目遣いで、情念を込めジットリと見つめた。
はぁ?
何この豹変ぶり??
信じられないっ!!
呆気に取られてると臺与がサッと身を起こし、膝でズリズリと進み、兄さまの下半身にしがみついた。
「臺与はあなたのもの!ずっとよ!、ずっと、寂しい時はこの鈴に触れ、あなたの事を想っていました!
もう一度出会えたならそれはきっと結ばれる運命だと自分に言い聞かせておりました!
あの日、宮中で再びお目にかかれたとき、結ばれる運命だと、貴方も確信なさったはず?そうでしょう?」
顔を上げ、一心に兄さまの目を見つめる。
何この演出?
芝居がかってるなぁ~~~。
全てが過剰なのよね。
それにさっきの変わり身の速さったらっ!!
爆速っ!!
でも、『容姿、夜の技術、劇的な演出』が揃えばモテ女子の最終形態なのかも?と妙に納得。
兄さまが冷めた口調で
「もういい。いい加減な事を言うな。
私が焦ったのはお前が養女ではなく実子と名乗って宮中に上がったからだ。
『新入りの女房は、藤原何某の姫だ』とは聞いていたが、宮中でお前を見かけ、このまま放置するわけにはいかないと追いかけたんだ。その時も訊ねただろう?黙って宮中を出るか、身分を明らかにするかを選べと。
もし養女であることが誰かに暴かれたどうする?主上を欺いた罪は軽くはないぞ。
いつまでも萄子更衣に身分を明かす気配のない様子にしびれを切らし、お前の養女縁組の手配をしたのが私だと主上のお耳に入る前に、自ら主上にお伝え申しあげた。
『何かの手違いがあったが臺与は養女で、藤原の血縁の者ではない』と。
主上は手違いならとおっしゃり、御咎めは無かったが、もしあのまま実子で通していたなら今頃どうなっていたか。」
臺与をギロっと睨みつけた。
臺与はすくみ上りブルっと身を震わせ、心配そうに
「えぇっ??ではこのまま、女房として宮中に務めることはできない・・・のでしょうか?」
兄さまが肩をすくめ、
「さぁな。判断は主である萄子更衣にゆだねた。明日、お前の進退についてお話があるだろう。
話は終わりだ!もう立ち去れ。
私は伊予に話がある。」
臺与は怪訝な顔で
「お兄様は伊予さんとお別れされた・・・のでは?噂ではそう聞きましたが?」
兄さまが癇に障ったようにギロっと睨み
「気安くお兄様と呼ぶな。周りに勘違いされるだろ!噂は噂だ。私たちのことに首を突っ込むな!お前には関係ないっ!」
あごで『早く行け!』というように促した。
・・・・こんな時の、兄さまの傲慢な仕草は、何だか許せる。
臺与がビクビクしながら立ち去ると、ほっとため息をつき、扇を口元に当て、私をチラ見した兄さまが
「やっかいな少女を助けてしまったな。年恰好が浄見に似てたから、つい気になって余計なことをしたようだ。思い込みが激しい女子は面倒だな。」
思い込み・・・・?
そうだっ!
真偽を確かめなきゃっ!!
つい恨めしそうな上目遣いになる。
「臺与が言ってたけど、十二の頃から臺与の元へ通ってたのって本当?
だって、臺与って魔性の女子でしょ?男性なら誰でも夢中になるんでしょ?」
口をとがらせると、兄さまが驚いたように目を丸くし、肩をすくめ
「あれが魔性の女子?誰でも夢中になるだって?
その気持ちはさっぱりわからないね。
なんせ私はもう十六年も、もっと強力で、もっと抗いがたい魔力を持った『魔性の女子』にずっと憑りつかれているからな」
と呆れたように呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
モテるとは何か?結局は相手を喜ばせたい!というサービス精神旺盛な人がやっぱりモテると思いますがどうでしょう?