EP324:伊予の事件簿「魔性の霊鈴(ましょうのれいりん)」 その8
兄さまは既に臺与の虜なの?
臺与の誘惑の罠に絡めとられた男性の一人なの?
不安で鼓動が速くなる。
息苦しい。
「なぜ?いつ?どこで知り合ったの?」
先日の兄さまの焦った表情と、二人でどこかに消えた事を思い出した。
二人きりで何をしてたの?
臺与が余裕たっぷりの大人びた妖艶な笑みを見せた。
「あら、確か貴女も過去に大納言様の恋人だったことがあるのよね?
くやしい?
私が彼を手に入れたのが?ホホホッ!
じゃあもっと嫉妬することを教えてあげましょうか?実は私たちは長い付き合いなの。
私がまだ少女の頃から、時平様は私の元へ通ってきてたわ!
初めて会ったのは、まだ十二のころ。
私の生家はどうしようもなく酷い場所だった。
病がちの母上の薬を買うため、十を過ぎた頃から私は、色々な男の相手をさせられた。
金払いのいい裕福な貴族が一人でもいれば、そいつと結婚すればよかったけど、生憎どの男も貧乏貴族だった。
そんな汚らわしい環境から、お兄様は私を連れ出してくれたの!」
頬を染め上気した顔は女子の私から見ても艶めいて色っぽい。
男性ならほっとけない気がする。
でも、どこかでその状況、知ってる気がする・・・・。
ハッ!
思いだした!
数日前見た夢!!
あれは臺与の子供時代のことだったのね!
鈴をくれた若い男性は兄さまだったのね!
あの夢は臺与が見た夢?!!
あの時の絶望の感情は今でも覚えてる。
思い出すだけでやり切れない怒りと無力感にさいなまれる。
どうしようもなく自分が醜悪で、無価値で、空っぽに思える。
あんな地獄を経験せざるを得なかった臺与が気の毒になった。
臺与は続けて
「時平様が養女を欲しがっている親戚を紹介してくれて、地獄のような体を売る日々から、やっと抜け出すことができたわ!
私にこの鈴もくれたのよ!
引き取られたのは立派な貴族のお屋敷だった。
義理の両親は優しかったけれど、ずっと他人行儀だった。
辛くなったらこれを触って彼を思い出して苦痛に耐えたわ!
だって、救い出してくれたとき、時平様は将来私を妻にすると誓ってくれたのよ!
だから宮中まで逢いに来たのよっ!
私を見つけた時の彼を見たでしょ?やっと逢えたと歓喜していたでしょ?だからあなたじゃ相手にならないの。
あきらめなさいっ!!」
確かに、兄さまが可哀想な境遇の少女を救うことはあり得る。
理不尽を見過ごせない人だから。
でも、十二の少女の元へ通うかしら?
私を拒絶してたのに?
でも、兄さまが臺与の不幸な境遇に同情して、気にかけてるうちに、いつしか男女の仲になったってことも考えられる。
女遊びが激しかった時期らしいし。
本当なの?
だから宮中で臺与を見た時あんなに動揺してたの?
兄さまの口から聞きたい。
逢いたい。
触れたい。
そばで眠りたい。
私が蒼ざめ、じゅうぶん凹んだのを確認して、臺与は満足そうな勝利の笑みを浮かべ
「影男さんも忠平様も時平様も、あなたから私に乗り換えたでしょ?
なぜかわかる?」
黙り込んで首を横に振った。
「それは、私が殿方の欲望を満足させたからよ。
幼いころから体に染みついてる技術でね。
そのことだけは惨めな境遇に感謝しているわ。
誰よりも男を知ってるという意味では私を超える女子はいない。
ましてやお上品な女房なんて相手にならないわ!ふんっ!ざまあみろよっ!幼いころからチヤホヤされて育った呑気で気楽なお姫様が、どうあがいても私に勝てるもんですかっ!」
はぁ~~~~。
ため息。
ということは、兄さまは臺与とそーゆーことをしたの?
ま、仕方ないか。
兄さまの恋人はたくさんいるし。
そんなことで今さら落ち込む必要はない。
・・・けど、兄さまがこれからも臺与との関係を続けるなら、私はどうすればいい?
真剣に悩み、凹み始めたとき
「放言はそこまでにしろっ!伊予が本気にするだろっ!!」
硬くて低い、尖った声がした。
(その9へつづく)