EP323:伊予の事件簿「魔性の霊鈴(ましょうのれいりん)」 その7
影男さんが真っ直ぐ前を見ながら
「臺与はもういい。やめにします。私には始終お守りが必要な姫がいるのでそっちを優先します。」
はぁ?
誰のこと?
まいっか。
単調な振動に、いつものように、眠くなってウトウトしてたら内裏に着いた。
馬から降ろしてくれる時
「また添い寝しますか?」
三白眼の黒目を大きくして、少し目を細め微笑みを浮かべた。
まだ寝ぼけてたけどウウン!と首を横に振り
「いい!一人で寝るから。じゃねっ!ありがとうございました!また明日っ!」
手を振って別れた。
ん?
結局、影男さんは臺与にフラれたってこと?
忠平様に負けて?
いいの?
臺与に夢中になってたんじゃなかったの?
そんなに早く切り替えられるもの?
モテる女子を好きになると大変だなぁ~~。
恋敵が多くて。
それからまた数日は、いい意味でも悪い意味でも何事もなく過ぎた。
兄さまが逢いに来ることも無いって意味では最悪だけど。
一人で自分の房で何度も寝がえりをうちながら御簾越しの月を見てた。
「伊予、お客様よ?通す?」
桜の声に
「いいっ!出ていくからっ!」
素早く起き上がって、小袖の乱れを直し急いで廊下に出ていった。
辺りを見回すと、直衣姿の背筋の真っ直ぐな殿方、
・・・・ではなく、女房姿の臺与が立ってた。
ペコッと頭を下げ
「伊予さん?少し話しません?」
使われてない梅壺へ案内し、衝立と屏風で即席の房を手早く作った。
中で向かい合って座り、話してくれるのを待つ。
臺与が蓋を開けた文箱を差し出し、憮然とした表情で
「忠平様からの贈り物です。」
中には薄紅色の房飾りと組紐がついた鈴が入ってた。
キョトンとし
「そう。よかったですね。手首にもつけてらっしゃるから、鈴がお好きだと思ったんでしょう?」
臺与はタレ目をキッ!と吊り上げ、への字口で明らかに怒った表情で私を睨み付け
「ええそうね。これが私への贈り物ならね。文を読んでごらんなさい。」
剣幕におびえつつ、文箱から文を取り出しガサゴソ開いて読んでみる。
『愛しい伊予。
撫子色のこの鈴をいつも身につけてくれないか?
いつでも私のことを思い出せるように。
いつでもそばにいられるように。
私は魔除けの鈴としてお前のそばにずっといたい。
忠平』
はぁ?
確かに伊予って書いてあるけど、そーいえば・・・・
「あのぉ、忠平様は単にそそっかしいんじゃないのかしら?先日も秋の七草の贈り物を間違えて私に届けたでしょ?あの文にはあなたの名前が書いてあったわ!これもきっとあなたの名前を書くべきところを間違えたんでしょ?内容におかしいところはないんだし。」
この前は身に覚えのないことを書いてたから間違いだって確信があったけど、今度のはどっちともとれる。
でも、そんな人だったかな?
過誤が多すぎる!
疲れてるんじゃないの?大丈夫?
臺与はもう少しで血管が切れそうなぐらい顔を真っ赤にして
「違うわ!彼には私が一番嫌いな色が薄紅色だって何べんも言ってあるし、好きな色は藤色だって知ってるハズよっ!花だって撫子?が好きだなんて一度も言ったことも無いし!どう見たってあなたへの贈り物を間違えて私に届けたんでしょっ!!バカにするにもほどがあるわっ!!」
私だって、撫子が好きって言った覚えはない。
けど、勝手に私を撫子みたいだって歌で詠んでた気はする。
じゃあ今回は文の届け先を間違えたの?
私に贈りたかったの?
秋の七草も、『撫子の君を添え、七つの花』って言ってた気がする。
じゃ、あれは宛名を間違えたの?
それとも・・・・私が妬くと思ってわざと臺与って書いたの?
なぜそんなことを?
考えれば考えるほどよくわからない。
臺与は気を取り直したように済ました表情になり、フフンと鼻で笑い
「でもいいわ!私の本当の狙いは上皇侍従じゃないものっ!彼は踏み台よっ!私が愛しいお兄様と結ばれるための!」
『お兄様?』
嫌な予感!
もしかして・・・・?
おそるおそる聞いてみる。
「あのぉ、それは、大納言様のこと?お兄様って呼ぶほど親しい間柄なの?」
(その8へつづく)