EP319:伊予の事件簿「魔性の霊鈴(ましょうのれいりん)」 その3
私はこういう時の決まり文句を答える。
「今は帝が御渡りですから、そこへ置いて下がってくださいな。」
「はい。」
ゆっくりと上げたその顔をよく見ると、見覚えのない初めて見る顔。
丸顔で、頬が少し豊かで、筋の通った鼻は高いけど小さい。
目は大きく、端は下がり気味で、泣き出しそうな儚げな様子は、頼られたら思わず手を差し伸べたくなるような愛くるしさがある。
広くて丸い額と小さな薄い唇には幼さが残り、茶々が『童顔』と称したそのままだなぁと思った。
ははぁ~~ん。
彼女が臺与ね!
すぐにピンときた。
だって、男性が夢中になりそうな容姿だし
愛くるしくて守ってあげたくなる感じ!
女の私でも頼りにされたら嬉しくなるかも!
忠平様も、影男さんまで夢中になるのも不思議じゃない!
さぞかしいろんな男性が寄ってくるでしょうねっ!!
ヒソヒソと小声で話したので、中には聞こえていないと思ったのに、兄さまが何気なく視線をこちらにやり、臺与を見るとそのまま釘付けになった。
臺与は視線を感じたのか兄さまと目を合わせた。
目を丸くして驚愕の表情を浮かべたと思ったらすぐに耳まで真っ赤になり、目を伏せ
「ではっ!失礼します」
私に言いながら、急いで立ち上がって、背中を向け立ち去ろうとした。
チリンッ、チリンッ!
どこかで鈴の音がする。
「待てっ!!」
焦った兄さまの声。
はぁ??
見ると、蒼ざめた焦った表情で
「主上、椛更衣、ご無礼をお許しください。私はこれで、失礼しますっ!」
二人の方を見ず口先だけで謝り、急いで席を立った。
私の方をチラッとも見ず、まるで空気か何かみたいに無視して通り過ぎる。
廊下を足早に渡り、立ち去りつつあった臺与を慌てて追いかけた。
座っている私からは二人の姿がすぐに隠れて見えなくなって、どうなってるのかわからない。
はぁーーーー????
よっぽど私も席を立って二人を追いかけたかった。
けどっ!!
主と帝をほったらかしにして立ち去るなんて真似、一介の女房の分際でできない!
大納言ぐらいの地位でないと無理っっ!!
いや、ほんとは大納言でもダメっ!!
正座した上半身だけを上に伸ばしたり、横に伸び上がったり、捻ったりして何とか二人が見えないかなぁって頑張ったけど二人の姿は完全にどこかに消えてた。
えーーーーーーっっっ!!!
二人はどこ行ったの?
何してるの?
ま、まさかっ!!
兄さままで臺与に夢中になったの???
キリキリ胃が痛いっ!!
どーーしよーーーーっっ!!
帝がお帰りになり、椛更衣を夜の御殿にお召しになって、雷鳴壺での仕事が終わり一人でゆっくり考える時間ができた。
まず、兄さまはなぜ追いかけたの?
知り合いだったから?
が一番妥当。
どーゆー知り合い?
今度きいてみよう。
で、あのあと二人で何を話したの?
なぜあんなに慌ててたの?
昔の恋人?
にしては、臺与は私と同い年ぐらい。
関係を持ったとしても一・二年前?
付き合いだした時期も
私と被ってるのでは?
はぁ~~~。
やっぱりあの言葉は全部嘘?
私だけが特別だとかいうのも。
ギュッと胸が締め付けられる。
息苦しい。
忠平様も影男さんも兄さまも
男の人は全員信じられない!
新しい、美しい女子が現れればすぐに乗り換えるのね?
口説きたい気分の時に、口先だけで甘い言葉をささやいて、楽しんで、飽きたら捨てるのね?
そうやって次々恋人を乗り換えて、人を傷つけても平気なの?心が痛まないの?
涙が出そうになった。
以前ならこんな時、影男さんが慰めてくれたけど、今はそれすらない。
はぁ~~~~~。
深いため息をつく。
よしっ!
明日、椛更衣か茶々に愚痴ろうっ!!
今日はもう寝よっ!!
枕に頭をつけてもすぐには眠れず、
何度も寝返りを打ちながら
『当分男の人には近づかないっ!!』
って完全に男性不信になって、決意した。
(その4へつづく)