EP318:伊予の事件簿「魔性の霊鈴(ましょうのれいりん)」 その2
茶々は驚いたように目を丸くし大きな口を限界まで開けて
「またぁ~~!伊予ったら何言ってんの?オトコなんて顔と体だけでしょ?性格が合わないとかって好みじゃない女性を振るときのただの言いわけでしょっ!!男にチヤホヤされて喜ぶ子なんて、見た目が良くて、あざとい・ぶりっ子・舌足らず・上目遣い・天然のテクニックを駆使してるだけじゃないっ!!ホントに性格を見てるんだったら私はもっとモテてるはずでしょっ!!」
唾を飛ばしながら力説するので、仕方なくウンウン頷く。
そこへ影男さんが文を届けにきた。
影男さんを見て、茶々が何かを思い出したようにスクッと立ち上がり
「そうだわ!私も只野さんに文を書かなくっちゃ!この頃逢引きの予定がぎっしりなの!伊予も頑張ってね?!影男さんもしっかりね!じゃあっ!!」
手をヒラヒラ振って足早に桐壺へ帰っていった。
う~~~ん、余計な気を使ってる?
影男さんから文箱を受け取り、開けると萩の花、尾花、葛の花、女郎花、藤袴、朝顔の六つ花が入ってて、その下に文がたたんで入れてあった。
文を開いて読んでみると
『山上憶良の
「秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種の花 」
の歌にあるように、秋の七草を集めました。
六つの花はそろいましたが、あと一つは手に入りませんでした。
野に咲く撫子より、貴女の方がもっとその花にふさわしい。
撫子の君を添え、七つの花を贈ります。』
や~~だ~~~!
またまたぁ~~~~っ!
歯の浮くような言葉を真昼間から言える!ってことは忠平様?
照れもせず気障な事を堂々と言えるところが彼のいいところよねっ!!
いい気分になりつつ、続きを読む。
『臺与、昨夜は楽しかった。
また枇杷屋敷に是非来て欲しい。
逢いたくなったら文を送ってくれ。
いつでも待ってる。
忠平』
は~~~~あ??
何度読み返しても『伊予』じゃなく『臺与』と書いてある。
何?
何を間違えたの?
名前を書き間違えたの?
渡す相手を間違えたの?
どっち???!!!
どっちにしても失礼ねっ!!
でも・・・・
『昨夜は楽しかった』
ってことは、確実に、私じゃないっ!!
私は昨夜は雷鳴壺で寝たし!
ついこの間までちょっかいかけてきたのに!
いつの間に臺与と恋人になったの?
はぁ~~~~~。
まぁ、仕方ないかぁ。
結局、私は、先に進むのをお断りしたしね。
諦めてくれて安心した。
うん。そうね。
二人の幸せを願おう!
ちょっと寂しいけど。
影男さんを呼び、人違いだから臺与のところへ届けてもらうように頼んだ。
文使いから帰ってきて、庭掃除をしてる影男さんを見かけた。
お礼を言おうと話しかけようとすると、箒を持ったままぼ~~~っとしたり、ハッ!と我に返って手を動かしたり、少し経つとまた手を止め『はぁ~~~っ』とため息をついたりしてる。
何だか様子がおかしい。
庭木の前に立って壁を見ながらぼんやりしてる背中に
「どうしたの?影男さん?」
話しかけると、ビクッ!と肩を震わせゆっくり振り向き
「伊予さん?脅かさないでください!ビックリしたじゃないですか!」
三白眼の黒目が大きくなってるので、本当に驚いたみたい。
「何があったの?どうしてボンヤリしてるの?臺与にちゃんと忠平様からの文を届けてくれた?」
影男さんが、いつになく焦った様子でモゴモゴして
「え?は、はいっ!ちゃんと届けました!」
目を細め、訝しんで
「じゃあ何を焦ってるの?何かやましいことがあるの?」
サァーーッと血の気が引いた様子の影男さんが
「え?いえっ!やましくなんてありませんっ!!臺与は、その、臺与は美しい人だなぁと思っただけで!」
はぁーーーー????
あんたもなのっ??!!
「何よっ!!別に気にしてないわよっ!臺与に告白でも求愛でも何でもすればいいでしょっ!!私に気を使わなくて結構よっっ!!サッサと乗り換えればいいでしょっ!!」
フンッ!!
怒って背を向けドシドシ足音を立てて自分の房に帰った。
全然っ気にしてないからっ!!
私には兄さまというれっきとした恋人がいるんだからっ!!
影男さんも忠平様もいわば予備というか、補欠というか・・・・
人聞きが悪いけど、二番手以降だからねっ!!!
そんな人たちにフラれたからって傷ついてないからっ!!
あ~~~ムシャクシャするっ!!
臺与ってどんな子?
男たちを次々と虜にする魔性の女?
まさか・・・・兄さままで・・・・・?
大丈夫でしょうねっっ????!!!
不安が止まらないっ!!!
その不安が現実のものとなる日がついに来た。
数日後、帝のお伴に、兄さまが雷鳴壺を訪れた。
奧に敷いた畳に帝がお座りになり、手前に椛更衣と、大納言である兄さまが対面して座り、談笑している。
私は白湯と菓子を給仕した後、廊下で控えていた。
サヤサヤという衣擦れの音とともに、渡殿を渡ってくる女房の姿を見た。
その女房は雷鳴壺の廊下まで来ると立ち止まり、私の目の前に座り、手をついて頭を下げ
「萄子更衣から椛更衣さまへ贈り物を届けに参りました。」
(その3へつづく)