EP315:伊予の事件簿「夢想の人影(むそうのひとかげ)」 その5
忠平様は腕を組み、あごに手を添え考え込んだ。
「そんなはずはない・・・・。もしそうなら、とっくに伊予のことを手放してるはずだ。茶々や影男に動向を密告させるなんて手間はかけないだろう。」
独り言を呟いた。
は?
茶々も間者だったの?!!
私の行き先を気にしてたのは兄さまが頼んだから??
やっぱり宮中では誰も信用できない。
でも!!
わずかな望みが萌し
「それなら、もしかしてまだ嫌われてない?!!!でも、一緒に寝てくれないし、何もしたくないみたい。本心では嫌ってるんでしょ?」
首を横に振り
「違う。おそらく・・・・、いや、本人の口から聞くほうがいい。」
嫌われたわけじゃない?!!!
希望の光で目の前が明るくなり気分が軽くなった。
次は、落ち着いて、ちゃんと話し合ってみよう!
うん!!!!
ウキウキと決意して、別の対の屋で一人でゆっくり寝る事にした。
それを忠平様に言うと
「はぁ?やっぱりぃ~~??もう一度だけっ!!試してみようっ!!なっ!ダメ?チェッ!!冷たい女だな~~~っ!!何だよぉ~~っ!氷よりも冷たい女だっっ!!一度の過ちで見限るなんてっ!!ホントに・・・」
ダラダラと続く愚痴を聞き流しながらサッサと東の対の屋へ渡った。
数日後、帝からのお召しで椛更衣が雷鳴壺を離れた夜、御簾の前で取次番をしてると、御簾に宿直衣姿の影が映った。
煌々と輝く月明かりが影の縁をくっきりと浮かび上がらせ、その人物の立体感が消え、絵巻物の登場人物が抜け出し、目の前に現れたような、不思議で夢想的な感覚だった。
「伊予に取り次いでほしい」
低くて硬い、心を震わせる声。
ちゃんと話し合う!!
決心したし!
なのに、口から出た言葉はモゴモゴしてた。
「・・・私です。大納言様。」
御簾をめくり、兄さまが顔をのぞかせた。
「人のいない梅壺で話そう。」
同意して、梅壺に移動して放置してある几帳や衝立で即席の房をこしらえ、中に座った。
向かい合い、見つめ合う。
薄墨色の端正な目元をひそめ、酷薄そうな、薄い唇が動いた。
「浄見、まだ私の妻になるつもりはあるか?」
ドキッ!
鼓動が速くなる。
「それとも、完全にその気は無くなった?別れたい?」
ドキドキしすぎて息が吸えない、吐けない。
ギュッ!
胸が締め付けられる。
涙をこらえて、声を絞り出した。
「そっちこそ!私を嫌いになったんでしょ?仕方ないじゃないっ!!」
兄さまが頬に触れようと伸ばした手をピタリと止め、躊躇い、引っ込めた。
目を伏せ、呟く。
「嫌いに?浄見を?なぜそんな誤解をした?私が何かしたのか?」
「一緒に寝ないって言ったし、『無垢な少女』じゃない私のことは、用済みってことでしょ?」
叫んだ声に涙が混じった。
(その6へつづく)