EP313:伊予の事件簿「夢想の人影(むそうのひとかげ)」 その3
影男さんが腕を掻きながら、平然と呟くので、一瞬、意味が分からず、少し変な間があり
「は???本気で言ってるの?」
「嫌ならいいです。無理強いはしません。」
少し考えたあと、口に指を当て
「何もしないで添い寝してくれる?」
安心して眠れるかもしれない。
誰かに触れているだけで、寂しさがまぎれるかも。
私の房に入って、小袖姿になり、影男さんは筒袖に袴をつけたままでいてもらう。
畳を敷いた寝所で横になり、腕を出してもらって、そこに頸をのせた。
兄さまより太い、パンと張った、筋肉がつまった腕。
目を合わせないよう、影男さんに背を向けて寝転んだ。
背中に感じる体温と、腕や手の強張りから緊張が伝わり、
『何か、申し訳ないなぁ~~~。苦しい思いをさせて』
添い寝して!って言った事を後悔した。
「変な事はしませんから、安心して寝てください。」
ボソリと呟く。
枕に頭を乗せても、腕が太い分、影男さんの腕にも重みがかかる。
体臭も、焚き染めた香も、刺激が強い。
それでも、誰かのぬくもりを感じると、守られてる気がしてくつろいだ気分になり、眠くなった。
「影男さん、ありがとう。おやすみなさい。」
翌朝、日が高くなって目覚めると、となりに影男さんの姿はなかった。
衣の乱れも無いので、本当に添い寝だけしてくれたみたい。
着替えて女房の仕事をしてると、桜が寄ってきてポンポンと肩をたたき
「ねぇ!明け方、伊予の房から影男さんがでてきたでしょっ!!もしかして、そーゆー関係になったの?ねぇっ!!教えてっ!!」
「ええっとぉ、まぁ・・・、へへへ」
苦笑いして受け流した。
添い寝だけしたって言っても信じてくれない気がする。
噂ばら撒き人の桜にしゃべったってことは、都じゅうの人の耳に入ったと言っても過言ではない。
・・・過言かな?!!
まぁいいわっ!!
どーせっ!!
すっかり開き直り腹をくくって数日を過ごした。
影男さんが、兄さまに文で
『伊予殿と一夜をともにしました。』
と報告すると、返事は
『伊予を守ってくれてありがとう。引き続き頼む。 時平』
だったらしい。
はぁ?
嫉妬もしてくれないの?
決定的に嫌われた?
もしくは、私への関心が薄れた?
その数日後のある日、市へ買い物に出かけた帰り道、内裏へ向かうはずの牛車が途中で突然ピタリと止まった。
「どうしたの?まだ大内裏じゃないわよね?」
牛飼童に話しかけると、後簾をめくって、軽々と狩衣姿の男性が乗り込んできた。
ギョッ!として前に逃げようと四つ這いになると
「伊予っ!私だっ!」
忠平様の低くて硬い、艶のある声がした。
牛飼童に向かって
「左京一条三坊まで行ってくれ!」
命じた直後、私に向かって、少し彫りの深い、薄墨色の目元をひそめ
「なぜ影男なんだ?」
夕闇につつまれた牛車の中のせいか、いつもより、肌が浅黒く見えた。
黒いのに艶がある肌がギラギラとしてる。
若い男性特有の汗と皮脂が混じった酸っぱいような体臭が鼻を突いた。
はぁ~~~~。
ため息をつきたい気分。
ってゆーかついたけど。
「噂を聞いたのね?桜から?」
私を上目遣いで見ながら口をとがらせ子供っぽい口調で
「なぜ私じゃだめなんだ?」
「信じてくれないかもしれないけど、影男さんとは添い寝しただけよ。何もしてないわ!」
ぶぅっ~~~~!!と言い出しそうなぐらい不満げに
「じゃあ、私とも添い寝してくれっ!!」
「嫌よっ!忠平様はやめてくれないでしょっ!!この前だってっ・・・」
手をヒラヒラと前で振り
「わかったわかった!ごめんってばっ!でも、今回は本当に添い寝するだけっ!!我慢するから、私と一晩一緒に過ごしてくれっ!!伊予と一緒に夜を過ごしたいんだっ!!頼むっ!!」
(その4へつづく)