EP307:伊予の事件簿「完璧の至宝(かんぺきのしほう)」 その5
藤原元佐は頬を赤く染め、早口で
「これは我が家に代々伝わる宝のありかを示した古文書ですっ!!おそらく遣唐大使を務めた曾祖父が漢語で書き記したものです。実は、つい先日解読に成功したので、明日、探しに行こうと思いますっ!!」
ぽっちゃりとした赤い頬が桃みたいだなぁと見つめてると
「で、あなたに相談とお願いというのはですね、そのぉ、一緒に宝探しについて来てくださいっ!ってことなんですっ!」
照れながらも結構な大声でまくし立てたので、茶々たちにチラ見されてる。
ワケがわからず、あっけにとられて
「なぜ?私がついていくの?」
藤原元佐が俯き、自分の膝を見つめてモジモジしながら
「あのぉ、初めて貴女を見た時から、妻になるのは貴女しかいないと思ってました。貴女は、容姿だけでなく、知性と人格もそなわった理想的な女性ですっ!今回で会うのはまだ三度目ですが、人となりも充分理解できました。貴女は私の妻にふさわしい人ですっ!!『和氏の璧』のように、私はまだその価値を世間に認められず、ただの石ころ扱いですが、近い将来、貴重な玉として見いだされ朝廷で重要な人物となるはずです!そして、その『和氏の璧』に匹敵する貴重な宝が、現にこの古文書を解読した私の、すぐ手に届くところにあるんです!明日、それを発見し、貴女に贈ります!ですから、一緒に探し出し、そして発見した暁には結婚してください!」
は??
唐突すぎて二の句が継げない。
結婚?
恋人の段階も踏まずに?
和歌のやり取りもなく?
三回会っただけで決めるの?
早すぎないっ?!!
それに加えて、モチロン!
私には兄さまがいるしっ!!
結婚なんてできるわけないしっ!!
どーーーーーやって断ればいい??
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漢文勉強会がお開きになり、茶々と麻葉と三人で、帰りの牛車に揺られながら、突然の求婚について思い返した。
ええと、何と答えたんだっけ?
確か、
「あのぉ、結婚は無理です!友達になりましょ?文を交換するような」
藤原元佐は面白い人だし、宝探しにも興味がある。
でも、恋人とか結婚相手とは考えられない。
でも古文書の解読結果の宝物を見つけに行きたいっ!!
だから
「その古文書の宝は欲しくないけど見てみたいから、明日は一緒にいくわ!何時にどこにいけばいい?動きやすい服装で行くわね!」
ってことになったんだった。
牛車が大納言邸に到着すると、茶々が
「伊予、ここでいいのよね?大納言様とどうなってるの?別れたって聞いてたのに、藤原元佐の屋敷に突然現れたりして!」
「う~~ん、難しいのよねぇ~~~、イロイロあって。でも今日はここに来るって言ってあるから、ありがとう!降りるわね!じゃあね!」
ヒラヒラと手を振って牛車の後ろから御簾をまくって飛び降りた。
ホントは牛を外して、御簾を巻き上げてもらって前から降りるとか、手順はあるけどまぁいいよね?無視しても。
履物をはいて、裾がつかないよう衣を引き上げながら大納言邸の東門から入ると、すでに人が寝静まってるのかひっそりとしていて、ぱっと見た感じでは、どの殿舎の格子も戸も閉め切られていた。
空を見上げると半月が澄んだ夜の闇に白い光の環を広げ輝いてた。
庭を通って主殿に続く東透廊に上がり、足音を立てないよう静かに主殿に渡ると、柱の陰に誰かの肩が見えた。
廊下の柱に寄りかかって座る背中だけが見えてる。
ドキッ!
忍び足で、気づかれないようコッソリ近づく。
兄さまが柱にもたれかかって座り、月を眺めながら、銚子の酒をあおっていた。
私の気配に気づかないのか、気づいても無視してるのか、こっちを見ない。
怒ってるのかな?
兄さまのすぐそばに立って、両手を組んで握りしめモジモジする。
怖気づきそうになったけど、勇気と声を絞り出し
「思ったより遅くなってしまって、ごめんなさい。寝ててくれてよかったのに!」
(その6へつづく)