EP306:伊予の事件簿「完璧の至宝(かんぺきのしほう)」 その4
答えを聞く前にズカズカと入ってきて、私と藤原元佐の間に割って入ろうとするので、私が立ち上がって横に動き座り直した。
麻葉の彼氏が慌てて立ち上がり、どこかへ行って円座を取ってきて、兄さまに差し出し、ご機嫌な兄さまがそこへ座り直した。
藤原元佐がキョトンとした顔で
「伊予殿と大納言様はお知り合いですか?」
兄さまのあっけらかんとした傍若無人ぶりにイラっとし
「はい!大納言様が帝のお伴で雷鳴壺によくいらっしゃいますので、そこでお会いするのです。
でも顔見知り程度の関係ですわ!」
トゲトゲしく言い放った。
茶々がそれを聞いて苦笑いしてる。
兄さまは一瞬、不機嫌な表情を浮かべ、黙り込んだ。
藤原元佐が何かを察して焦り
「で、では、え~~~、続きを議論したいと思います。伊予殿が飛ばした一文は、私が書き下し文と解釈を付け加えます。えぇ~~とぉ~~・・・」
兄さまは話し始めた藤原元佐の方を見ず、私を見つめ、口だけを動かし
「た・の・し・い?こ・れ?」
フンッ!!
怒ってソッポを向く。
藤原元佐が話し終わったのを機に兄さまがスクッと立ち上がり
「大変よくできておられたと思います。できれば唐国の発音で白文(原文)もお読みなさるともっと勉強になるでしょう。では、若者だけの集いに年寄りはお邪魔でしょうからサッサと退出するとします。」
皆に会釈をして、私を振り返りもせず、スタスタと歩き出した。
急激に不安が押し寄せ、焦って立ち上がり
「ちょ、ちょっと、失礼します!」
言い捨てて、兄さまの立ち去った東透廊方向へ追いかけて行った。
庭への階段を降り、履物をはいたばかりの兄さまの背中に
「待って!」
ピタリと止まったけど振り返らず
「何?」
冷たい声で言い放つ。
弱気の虫が頭をもたげ、オドオドした声で
「あの、このあと、勉強会が終わったら、大納言邸に行ってもいい?」
首をちょっと動かし横を向いて
「ああ、もちろん。・・・・待ってる。」
ボソッと呟いて、スタスタと立ち去った。
ドキッ!!
二人で過ごせるっ?!!
思わず鼓動が速くなる
期待のあまりソワソワ落ち着かなくなりながら自分の席に戻ると、一気に緊張が解けた雰囲気でみんな好き勝手におしゃべりしてた。
私が帰ってきたのを藤原元佐が見て
「では、今日の勉強会はここまでで散会!していいんじゃないでしょうか!この後はいつものように引き続き、月を眺めながら和歌を詠むなどの酒宴といたしましょう!」
高らかに宣言した。
確かに、過去二回とも勉強会の後は軽い膳とお酒を嗜みながら和歌を作って評価しあったり、おしゃべりしたりでワイワイ楽しく過ごしたけど。
今回は、早く帰りたいっ!!
兄さまとできるだけ長く一緒にいたいっ!!
「あのぉ、私、今日はこの後・・・」
藤原元佐に話しかけるとぽっちゃりとした頬をすぼめ口をとがらせ
「実は、伊予殿に相談とお願いがあるんです!一生に一度の一大決心ですから、ぜひこの後も同席してくださいっ!!一生のお願いですっ!!」
手を合わせて懇願するので、断り切れず
「・・・・じゃあ、はい。わかりました。」
ウンと頷いてしまった。
ま、いっかぁ~~。
話を聞いてできるだけ早く帰れば。
酒宴の膳の一品に出された鱗の大きい魚を梅酢とショウガで煮付けた料理をつまんでると、藤原元佐がやっと本題に入った。
「これを見てください。」
一枚の紙を渡され読んでみると
『倭宝在京之中、依青銅爲光。
從朱雀至倭宝、循二条路行、歷長屋、乍北乍東、到其西岸東大、七餘坊。
始度南一行餘坊、至元興。
又西行四餘坊、名曰四条、至仲麻呂。
西陸行四餘坊、至唐招提。
北東陸行四餘坊、歷朱雀、到倭宝。
(倭宝は京の中にあり、青銅に依って光を作る。)
(朱雀から倭宝に至るには、二条に沿って路行し、長屋をへてあるいは北へあるいは東へ七余坊進み、その東大の西岸に到着する。)
(初めて南へ一余坊行き、元興に至る。)
(また西に四余坊行くと、四条という名である。仲麻呂に至る。)
(西に陸を行き四余坊行くと、唐招提に至る。)
(北東に陸を四余坊行くと、朱雀をへて、倭宝に到着する。)』
と書いてあった。
「何これ?どういう意味?」
(その5へつづく)