EP305:伊予の事件簿「完璧の至宝(かんぺきのしほう)」 その3
となりに座る藤原元佐をチラッと見ると、一人だけ熱心に教本を読んでウンウン頷いてる。
藤原元佐が顔を上げ
「では伊予どの、ついでに解釈もお願いします!」
ハキハキと言い放った。
は~~~い!
「ええと、解釈は、楚の国の人で和氏という人が、山中で見つけた、磨く前の玉を厲王に献上したところ、玉磨き職人が『ただの石です』と鑑定したので、王は欺かれたと言って左足を切る刑に処した。次の楚王に武王が即位したとき、和氏はその磨く前の玉を献上したけど、職人がまた『ただの石です』と言ったので、和氏は右足も切断された。次の楚王の文王が即位したとき、和氏が楚山のふもとで大声で血の涙を流して泣いてると、文王が理由を尋ねた。和氏は『宝玉を献上したのに石とされ、忠義を尽くそうとしたのに詐欺と言われたことが悲しいんです』と答えた。文王が職人に磨かせると立派な宝玉だと判明し、『和氏の璧』と名付けられた。」
ふぅ~~~。
一気に読み終え、緊張でうまく吐けなかった息を吐いた。
厳密じゃないけど、まぁいいよね?
藤原元佐がフムと唸ったあと
「『天下の刖らるる者は多し、子 奚ぞ哭するの悲しきや?』の部分の解釈が抜けてますね?」
問い詰めるようにジロッと見つめる。
「は?ええ、そうです。忘れてました。」
藤原元佐がツバを飛ばしてしゃべり始める
「忘れてた?ですって?そんなことがあっていいはずありませんっ!!文字数が必要最小限に抑えられている漢文において、一文が抜け落ちるという事は、何を意味するかというと、そもそも、『韓非子』におけるこの説話は、全文を通して一つの一貫した主張をするために全ての文が必要かつ重要であって、抜け落ちていい文などあるわけがありませんっ!それにこの説話で韓非は一体何を本当に伝えたいかというと・・・・」
誰にともなく延々としゃべり続けるのでウンザリ文机に頬杖をつくと、巻き上げた御簾の向こうに見える東透廊を狩衣姿の男性が渡ってくるのが見えた。
近づくにつれ背筋がまっすぐなのや、キビキビとした優雅な足取り、衣が柔らかくしなやかに身体に纏いつく様子に目を奪われ、思わず見とれてしまった。
茶々も只野もジッと見つめてる。
曲がり角で隠れ見えなくなったその貴族が、柱の陰から私たちの目の前に姿を現した。
「あぁ、邪魔しましたか?これは失礼。ここで若者たちが熱心に勉強してると聞いたものですから、不躾ながら見学させてもらいに来ました。藤原時平と申します。藤原元佐どの、突然の訪問を許してもらえますか?」
はぁ??
何しに来たの?
私を監視するため?
勉強会を邪魔するため?
兄さまが藤原元佐を目で探り当てようと三人の男性を一人ずつジッと見つめる。
藤原元佐が慌てて立ち上がり
「え?ええと、時平様とおっしゃる?とぉ・・・その、もしかして、だ、大納言様っっ?」
兄さまは満足気にニッコリと微笑みウンと頷いた。
只野や、うたたねから起きたばかりの麻葉と彼氏はポカンと口を開けて見つめる。
茶々はあっけに取られて兄さまと私を交互にチラ見してた。
藤原元佐がゴクリと生唾を飲み込み
「え、はいっ!!もちろん!見学していただいて結構ですっっ!!でも、なぜ大納言様がっ!?我々学生のささやかな勉強会など、どこでお耳に入ったんですか?いやぁ~~~そうなるとこの会の規模も考え直さないといけないなぁ~~。超のつく大物有名人が見学に訪れる会を主宰するとなると、身嗜みや言葉遣い、扱う題目選びも慎重にならないと・・・。登壇者も選ばないとなぁ。会場も手狭だから大きいところを借りるか?そうかぁ~~私もついに世に、この名を轟かせる日がきたのかぁ~~~。頑張ってきた甲斐があったなぁ~~~。大納言さま?一の大臣じゃないかっ!!ならばあの菅公に認められ、並び立ち菅家廊下ならぬ藤家廊下を主宰する日も遠くないなぁ!!・・・・・」
ブツブツと独り言が止まらない。
兄さまは面白がるように眉を上げ、扇を口元に当て私を横目でチラ見し
「では、伊予どのの隣に座って拝見してよろしいですか?」
(その4へつづく)