EP304:伊予の事件簿「完璧の至宝(かんぺきのしほう)」 その2
結局、返事の文を書き、影男さんに渡し、大舎人寮で待つ竹丸に届けてもらった。
文の内容は
『午後は藤原元佐の屋敷で行われる「漢文勉強会」に参加するので大納言邸にはいきません。
竹丸がいつも気を使ってくれて、仲立ちをしてくれてることには感謝してるし、ありがたいと思っています。
だけど、近頃の兄さまの態度に不満があるので、改めてくれない限り、こちらから逢いに行くことはしません。
伊予』
これでどう??!!
呼べばいつでもどこにでもノコノコホイホイついて行くような女子だと思ったら大間違いよっ!!
こっちだって自尊心ってもんがあるんだからっ!
・・・強気になってみたけど、ホントは
『グイグイしつこく迫って図々しい女子だって嫌われたらどうしよう?』
って不安になっただけ。
まぁいいわ!
気持ちを切り替えて今日は『漢文勉強会』へ行こうっ!!
迎えに来てくれた牛車に乗り込み、茶々と妹の麻葉に
「お待たせ~~~!!今日も張り切ってまいりましょっ!!」
ニコニコ作り笑いで挨拶した。
藤原元佐の屋敷は、曾祖父が遣唐大使という大任を果たし、昇叙され公卿に列した方なので、過去の栄光を随所に残す佇まい。
大きすぎず、狭すぎず、床板や柱のところどころは朽ちて黒く変色してるけど、私たちが通される西の対はいつも掃除が行き届いて塵一つ落ちていない清潔な空間だった。
円座(蒲などを編んで丸く組んだ敷物)を二枚ずつ、『コの字』に配置して、男女一組が一つの文机を共有して使う。
まぁ、あんまりメモする必要はないから、文机は要らないんだけど。
私が藤原元佐と組になり、茶々が只野と、麻葉が恋人の学生と組になって座った。
茶々は相変わらず男性との距離が近くても気にならないみたいで、今回の席の配置もおそらく茶々の采配。
只野のことを気に入ってるんだろうけど、私の目からみてそれほど美男子でもない。
私の隣に座る、この勉強会の主催者でもある藤原元佐は、竹丸に少し似てて、ぽっちゃりしてて色白なのが一番の特徴。
竹丸より目が大きくパッチリと丸くて、話し出したら止まらない無間断喋り。
人懐っこい笑顔の早口で、相槌を打つ間もなく一人でしゃべり続けてくれるので、気を使わなくていいし、頷いてればいいから、一緒にいても疲れないところも竹丸と似てる。
違うところと言えば、藤原元佐は学生で唐の歴史好きとか、他にも独特のこだわりがありそうってところかな。
竹丸はできるだけ楽して苦労せず気楽に過ごせてお腹いっぱいなら常に幸福!って人だし。
何かに熱心にハマることは無いと思う。
歳は十九だから竹丸と同じで、大学寮では紀伝道(歴史(主に中国史)を教えた学科)の学生。
只野も麻葉の彼氏も十九歳、茶々も十九、私は十七だから全員若いしノリが合う。
皆がそろった段階で藤原元佐が立ち上がりエヘン!と咳払いし
「え~~、皆さまお揃いになったようですので、第三回漢文勉強会を始めたいと思います。今日は『和氏之璧』を課題にしたいと思います。それでは、今日の課題は伊予殿が解釈をつけてくれたと思いますので、まずそれを聞いてから、議論することにしましょう。」
あっ!!
そうだった!
忘れかけてたけど、昨日ちゃ~~~んと予習してきたからねっ!!
オホンッ!
ちょっと緊張しつつ、咳払いし喉を整え立ち上がった。
「ええっと、では、まず書き下し文を読みますね。
楚人 和氏 玉璞を楚山の中に得たり、奉じて之を厲王に獻ず、厲王 玉人をして之を相せしむ、玉人 曰く、『石なり。』と。
・・・・・・・(中略)・・・・・・・・
王 乃ち玉人をして其の璞を理せしめて寶を得たり、遂に命けて曰く、『和氏の璧』と。」
ここまで一気に読み、静まり返った気配に
『みんな聞いてる?』
不安になって見回すと、文机に頬杖をついてウトウトする麻葉とその彼氏、只野の顔をぼぉっと見つめる茶々、その視線に気づいて居心地悪そうにモジモジする只野。
やっぱり~~~!
勉強会なんて面白くないし、漢文なんて眠くなるだけっ!!
(その3へつづく)