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彼女の帰還  作者: Tro
#11 迷子の二人
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#11.3 相合傘

良夫はその家の玄関をノックした。しかし反応がない。いないはずはないと思ったが、時間はかなり遅い。そんな時間に、他人の家を訪ねるのは非常識とは思ったが、良子の体力の限界は近い。ここは無理を承知で、と再度、玄関をノックする。するとやっとその扉は開かれた。


「誰ですか」


出てきたのは良夫と同じ歳くらいの青年だ。いかにも不審そうに良夫を見ている。


「道に迷ってしまって、出来れば、その、厚かましいようですが、家に入れてもらうわけにはいかないでしょうか」


青年は良夫と、疲れ切った様子の良子を見て、なお悩んでいるようだ。青年は家に迎えるのはいいとして、カップルがこの時間に、何故と、その青年には持ち合わせていない答えを探しているようだ。それが良夫には、青年が迷惑している、と見えた。


『ヒロくん、そこで立ってないで、中に入ってもらったら』


良夫が、これはダメだなと諦めかけた時、青年の後ろから女性の声が聞こえた。その声で青年の態度は一変し、青年は二人を快く家に招き入れた。良夫は助かったとホッとしたが、目の前の青年が、かつて自分が名乗った名前だったことに驚く。まあ、偶然もあるものだ、と気にしないことにしたようだ。


二人が家の中に上がると、テーブルの席に案内され、二人でちょこんと座った。そのテーブルの前に、先ほどの青年と奥さんのような女性が座り、事情聴取が始まった。今までの経緯を良夫が話しながら、目の前の女性が、どことなく良子に似ていると思ったが、青年が奥さんのような人を『エリカ』と呼んだのを聞いて、椅子から転げ落ちそうになる程、驚いた。偶然にも程がある、と思ったが、隣の良子は寝落ち寸前だ。


そんな良子を見かねてか、女性が席を立ってテーブルを離れ、青年と何やら話をしている。その話が終わると二人は屋根裏部屋に案内され、今夜はここで休んでと、寝る場所を提供してくれた。


良夫はその部屋を見て、またびっくりだ。ベットが二つ。離れてはいるが一つ屋根の下で良子と一晩を明かすのかと思うと、良夫はドキドキを通り越してバウバクのようだ。そんな良夫をよそに良子は、ばたんきゅうと速攻で寝てしまった。良夫は眠れない夜になりそうだと思ったが、良夫も目を閉じると深い眠りについだようだ。良夫のイビキがうるさい夜だ。


◇◇


良夫が起きたのはお昼近く。完全な寝坊だ。隣のベットを何かを期待して見るが、当然、良子はいない。不慣れな階段で下に降りる。そういえば二人は昨夜の昼以降、食事を摂っていないが、意外と空腹感は無いようだ。そろそろミイラになるのかもしれない。


良夫が階段を降りきったところで、良子と女性が談笑している姿が見えてくる。思えば良子が誰かと長話をしているところを良夫は見たことが無い。てっきり、そういうのが苦手なのか、避けていると思っていた良夫にとって、良子の意外な側面、または本当の姿を知るいい機会になっただろう。皆、良子の扱いに困っているだけだ。


女性陣の前に登場したところで、酷い寝ぐせで笑いを獲得した良夫が、この家の住人について聞きたいと思っていることがあった。何せ、ヒロとエリカだ。偶然と言うにはおかしい。その事をどう切り出したものかと考えているうちに、本物のヒロが外出から帰ってきたようだ。


「君達を森の出口まで案内するよ」


玄関を開けるなり、さっさと出て行けと言われたような良夫は、寝ぐせが気になってしょうがないようだ。



ヒロとエリカ、良夫と良子がそれぞれ並んで歩いて行く。ヒロとエリカは手を繋いでいるが、良夫と良子は繋いでいない。日中は魔力が乏しいようだ。四人で、昨夜良夫達が歩いた道順を逆に歩き、坂の頂点に差し掛かると、坂の下に森が広がっているのが見えてくる。その一点に何故か大勢の人が集まっている。祭りでもあるのだろうか。


四人は坂を下ると、その人達には近づかずに、森の入り口のような場所で立ち止まった。そこでヒロが良夫に森の抜け方を説明する。その方法とは簡単で、森の出口まで手を繋いでることだった。途中で絶対に手を離さないこと。それだけだ。


良夫は良子と手を繋いで歩いている姿を想像し、”参ったな〜”的な顔をしたが、手を繋ぐ相手はヒロだ。お互い、”嫌だな〜”というのが自分の事のように分かったようだ。男はこうして通じあう。良子の方は当然、エリカとだ。こっちは問題ではないだろう。


ヒロが大勢の人達に手を振る。それが出発の合図のようだ。四人は森に入り、真っ直ぐ進んで行く。前をヒロと良夫、その後ろからエリカと良子が付いてきている。早速、女性達の楽しい会話が始まったようだ。良夫達も早速、握っている手が汗ばんできた。昨夜同様、気候は全くもって快適そのもの。不快なのは握っている汗ばんだ手だけだ。


森の中の道は、ずっと坂になっているが、緩やかなので歩くのは楽だ。話に花を咲かせている後方と違い、何かを話したいが、何を話していいかヒロも良夫も分からない。結局、会話は女性達に任せようと暗黙の了解が交わされたようだ。やはり手を繋いでいるからなのだろうか。


以外と早く森の出口らしい、そこだけ明るい場所が見えてきた。良夫は走りたい衝動を押さえている。それは、出口が見えた辺りからヒロが余計に力を入れて握ってきたこともある。


出口は、少し暗い森の中にいたものには眩しく見える。目を開けているのがやっと、という感じだ。そのまま進み、光の中に入るような感じで森を抜けた。


やっと森を出られたと安堵した良夫は、ヒロに礼を言おうと横を向くと、あら不思議。良子と手を繋いで立っていた。


「やあ」

「おう」


最初の『やあ』が良夫だ。


森の出口。そこは最初に森に迷い込んだ場所、朽ち果てた店と借りた車がある。良夫が車のエンジンを掛けるとすんなりと始動。圏外だった携帯も圏内だ。早速、会社に連絡を入れる。何せ帰社予定は昨日だ。これは怒られるだろうと覚悟していた良夫だが、意外にもタナベは仕事を切り上げてそのまま家に帰れというだけで、特に怒ってはいないようだ。それよりも、そこに行かせたことを詫びている。これは何か部長は知っているな、と思いながらも帰路につく良夫達だった。



次の日。会社では ”朝帰りの良夫” の噂がチラホラ。しかし、それ以上はない。プライベートに踏み込まないのが社会のルールだ。それでも恥ずかしそうに、自分の席に着く良夫。対照的に通常運転の良子。今日も暇なのであろう。良夫は昨日のことをタナベに報告したが、タナベはウンウンと聞くだけだ。そんなタナベにヒロとエリカに会ったことを伝えると驚いた顔をする。知り合いなのかと聞くと言葉を濁すだけだ。


「彼等は元気だったかい」

「ええ」


タナベはそれだけ聞くと、あとはもういいと話を終える。良夫もそれ以上は聞く気は無かったようだ。


良子は相変わらず空を見ている。一体、空がお前に何を語り掛けているのかと聞きたくなった良夫だが、自分の席に戻り、自分の仕事を始めたようだ。


普通の何でもない時間が過ぎ、それぞれの仕事に、それぞれが没頭していく。そして、普通に就業時間が終わった。


良夫が会社を出ようとすると雨が降っている。勿論、天気予報通りの雨なので、良夫は傘をさして帰ろうとすると、良子がまた空を見上げている。チャンスとばかりに良子に接近する良夫であった。


「傘、持ってないのか」

「勿論だ」

「俺の傘に入っていくか」

「うーん」

「入って頂けますか」

「良かろう」


こうして念願の相合傘に成功した良夫は、雨が大好きになった。

そのついでに、調子に乗ったようだ。


「飯でも食って帰るか」

「うーん」

「ご一緒させて宜しいですか」

「良かろう。私が奢る。ともを致せ」

「はは〜。仰せのままに」


こうして二人は、一緒に仲良く歩いて帰ったそうだ。



『うーん』

どうした、孫娘よ。


『どうも、良子は母に似ておる』

お前も似ているぞ。


『なに?』

いや、独り言だ。それにしても、お前、肩でも凝ったのか。

俺は孫娘の肩に手をやった。すると、なんと肩が取れてしまったではないか。

いや、これは違うな。大五郎か。


『それは、菊丸だ。父が護身用に私の肩に置いていった』

菊丸か。びっくりしたぞ。それにしてもよく似ている。


『私が改名した。より相応しい名になったであろう』

確かに。

おっと、お前の母が迎えに来たようだ。


『左様か。また話を聞きに来る、それまで達者に暮らせ』

はは〜、畏まりましたぞ。


【おわり】

ここまで読んで頂いきまして、有り難う御座いました。

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